第19話 人間の意地。そして、決着
とうとう始まった魔族との闘い。不意打ちによりセレンとディーヴァの安否がわからないまま、ガレットは一人立ち向かうが――
一方街中では、探知を開始したフィーリアとミュールの元にも魔族が現れる。
時間を稼ぐためミュールが果敢に戦いを挑むも、その様子はどこか楽しそうで――
セシルが死んで、まともに魔法が使えなくなってから、どれだけ時間が経っただろうか。
最近、なんとか剣戟を飛ばす魔法を習得したものの、未だに他の魔法はろくに使えない。
しかし、そんなガレットでも関係なく使うことのできる魔法がある。
――それは《魔力探知》。
魔法を扱う生物が放つ魔力を探知する。魔法というより、ある種の感覚といった方が近いだろうか。それはもはや、一般常識といっていいほどの技術だ。
幸い、ガレットにも感覚として魔力探知の力は残っていたらしく、魔法が使えなくなってからは、身を守るための貴重な力として、その感覚を磨き続けた。
魔法を扱う者同士の戦いは、大半が魔力で決まる。魔法を失ったガレットは、本能でその技術の重要さを理解したのだ。
――しかし、その力は時として……残酷な事実を自身に突きつけることにもなり得る。
「はぁっ……はぁっ……」
既に息は上がっている。だが、決してそれは戦ったからでも、全力で逃げたからでもない。
(闘技場で見た時よりも……遥かに強い!)
今ほど、自分の優れた探知能力を呪ったことはない。彼らの魔力を感じた瞬間、全てを悟ってしまった。
(一人じゃ……戦うことすらおこがましい。どう足掻いたって……勝てる気がしない)
双子の魔力にあてられて、ガレットは完全に戦意を喪失している。無理もない。自分より遥かに強いと思っていたセレンとディーヴァですら、一撃のもとに屠られてしまったのだから。
(フィーリアが気づいてくれれば……なんてのは都合が良すぎるか)
彼女の魔力探知も人並外れた規模を誇ることは知っていた。だが、ここは街の外れ。あえて範囲を広げない限りは、彼女といえど気づくことはないだろう。
「……はぁ。完全にやられたな」
転がっていた岩の影に姿を隠し、もたれるように地面に座り込む。
「ごめん、フィーリア。隠し事したツケが回ってきたかな……ごめん、セシル。こんな所で終わる予定じゃなかったんだけどな……」
相棒と、今は亡き友に謝罪の言葉を送る。
「お兄ちゃん、諦めちゃった?」
「まあ、逃げても無駄だもんね……」
双子はもう近くまで接近してきている。
ガレットが全てを諦め、目を閉じた。
――その時。
(おい、何してんだよガレット)
「!!」
(諦めるには早いだろ。お前のその剣と、魔力探知があれば時間くらいは稼げるはずだ。お前がやるべきことは勝つことじゃない、死なないことだ)
とうとう恐怖でおかしくなってしまったのかと、思わず自分の頭を疑った。
聞こえてきたのは、もうこの世にいない、かつての友・セシルの声。
(随分都合のいい幻聴だな……セシル)
(お前ならやれるさ、ほんの少しだけ耐えろ!)
「……全く。こんな時でもお前は背中を押すんだな」
震える足で、ガレットは立ち上がる。
「どうせ死ぬならってか……わかったよ」
ゆっくり剣を抜き、魔力を込めていく。
「やれるだけやってやらあ……」
◆
「さぁ……いくわよ。――アルマ・ルミューゼ!」
ミュールが魔法を唱えると、魔法陣から数珠のように繋がった魔力弾が現れた。
(同時操作の魔力弾……器用なタイプか)
「それでどうする……」
吐き捨てるように呟くと、グリべーが最高速で飛び出す。
「こうするのよ!」
ミュールが杖を振るうたび、分散した魔力弾は四方八方から高速でグリべーを狙い撃つ。
しかし――その不規則な弾道ですら、彼を捉えるには至らない。被弾する直前で見切り、ギリギリの動きで躱していく。
「あなたも器用ねぇ!」
「……ふん。――魔力の流れを乱す魔法」
グリべーは躱すと同時に、一瞬だけ手を翳す。すると、魔力弾は途端に球体を保てなくなり、消し飛んだ。
「相殺魔法……スタミナ勝負ってとこかしらね。ある意味好都合だわ!」
そう言いながらも、ミュールは冷や汗を流し、フィーリアに視線を向ける。
(とはいえ、長くは持たないわ……急いでね、エルフちゃん)
この時、既にフィーリアの探知は街の全域に及んでいた。
「探知できた魔力は、誰かと戦ってる双子と、下の魔族だけ……」
◆
「不思議だなあ。なんで死なないんだろ」
「探知魔法が異常に上手いんだよ。あとあの剣。あれが身体能力を底上げしてるせいで、躱しきれてはいないけど致命傷を避け続けてるね」
双子の目に映るのは、傷だらけのガレット。既に五分もの間、傷を負いながらも一人で持ち堪えていた。
(見た目ほどダメージは受けてない……けど、どうするんだよこれ。逃げられるわけでも、攻撃できるわけでもないじゃねえか)
せめて隙があれば――魔法を放つだけの時間があれば、反撃もできる。
(そんな余裕は一ミリもない……なにか打開策は……)
「いい加減にしなよ!そろそろ死のうよ!」
「――し、しまっ!」
頭をフル回転させていたガレットは、反応が遅れた。
(や、やられる!)
ガレットが諦めかけた――その時。
ゴゴゴゴ!
足元の地面が強く揺れた。
「なっ、なに!?」
突然の地鳴りに双子が動揺し、この戦いで初めての――隙を見せたのだ。
(この魔力は――今だ!)
ガレットは強く剣を握り、ありったけの魔力を込める。
「おおおお!!フィーリアァァァァァァアア!!」
無意識に、相棒の名を叫びながら空を横薙ぎするように剣を振り抜いた。その切っ先から放たれる魔力の刃は、最速で双子の元へ飛んでいく。
「はやい!……でも、これくらい!」
エリスが防御結界を展開すると同時、飛翔する剣戟が二人を襲う。
「はははっ!必死に放った最後の魔法も、この程度じゃどうしようもないね!」
エリスは余裕の表情で受け止め、高らかに笑っている。
「……こっちを向いたな」
――勝利を確信している奴の目だ。確かに、俺が唯一使える魔法だし、これが通じなきゃ一矢報いることなんてできやしない。
「だからなに?」
「負け惜しみってやつ?」
「負け惜しみ……かもな。でも」
「お前らは人間を舐めすぎだあああ!」
ガレットが叫ぶと同時、揺れていた地面を砕いて二つの影が飛び出す!
――それは爆発で吹き飛んだはずのセレンとディーヴァ!
まさか地中からの襲撃など、想定していなかっただろう。ましてや、既に殺したと思っていた二人だ。
双子は完全に虚をつかれた。
「な、なんで!?」
「この距離はまずい……」
既に二人は、その拳を振りかぶっていた。
「――遅い!」
「逃がさぬ……」
鍛え抜かれた身体から放たれた渾身の拳は、強さにあぐらをかいていた格上魔法使いの反応を上回った。
ドゴォォォン!!
直前で防御結界を挟み込むも、物理攻撃に弱い結界では到底塞ぎきれるものではない。
「おおおおお!」
「うあああああ!」
――ピシッ……ピシピシ……
「エリス!結界が――」
「遅い!」
ガシャァァァン!
「きゃああ!」
「うわああ!」
二人の振り抜いた拳はエリスの結界を粉々に破壊し、更に拳圧で双子の小さい身体を吹き飛ばした!
「ガレット殿……よく一人で耐え抜いた!」
「遅くなった!」
「はは……気づけて良かったよ」
そう、ガレットは地鳴りの正体が彼らであることに気づいていた。
地面が揺れたあの瞬間、僅かに二人の魔力を感じ、無事を確信した。
普通なら考えすらしない、地中からの奇襲。あの時、セレンとディーヴァは爆発の衝撃で地面に深くめり込んだ。しかし、それを好機と捉え、地面を死に物狂いで掘り進めていたのだ。
まさに、己の肉体を極限までに鍛え上げた彼らにしかなし得ない戦い方。
「けほ……人間のやることじゃないね」
双子は油断と慢心から、とっくに魔力探知は解いている。だがガレットは……追い込まれながらもセレンとディーヴァの身を案じ、決して探知を解かなかった。
三人の諦めない心が、一筋の勝機をもぎ取ったのだ。
(エリスが意識を失ったか……擬態が解ける)
アリスの魔力は、遠目から見てもわかるくらいに乱れている。
「やはり、片割れが擬態だったか……」
「……どういうことだ?」
「確証はない、と言っただろう。――あの試合の後、我々は二人の素性を調べたのだ。しかし、あの二人の情報はどこの団体にも登録されていなかった」
「それって……」
「大方、エリスはどこかで攫われたのだろう。容姿も、互いの魔力までも完璧に合わせられるほどの力……もし仮説が正しければ、どちらかを叩けばネタが割れると踏んだのだが、ここまでやってようやく確信を得られたわ」
(経験が違う……やっぱりこの二人はすげぇ)
敵う敵わないではない。やるかやらないか。
セレンとディーヴァの愚直なまでの精神は、ガレットの心に大きな影響を与えることになる――のだが。
「だからなんだよ……それでも俺はお前らより遥かに強い」
完全に別人と化したその声の主は、溢れ出る魔力と共に真の姿を表した。
「これがアリス……いや、存在しない少女に化けて双子に擬態した魔族の正体だ」
フードから覗いた曲線を描く角。そして、禍々しい魔力。
エリスの魔力が消え、久しぶりに肌で感じる純粋な魔族のプレッシャー。それは一度体感すれば、忘れたくても忘れられないほどに重い。
「よくやってくれたよ……折角相性の良い奴だったのに。まだ幼くて判断能力もないから、簡単に乗っ取れたのにさあ!」
「下衆が……」
「引導を……」
セレンとディーヴァが戯言に耳を貸す間もなく構える。
「おっと!とはいえ、最後までこいつは使わせてもらう。正直、擬態と洗脳にほとんどの魔力を使ったせいで、これ以上戦いたくないんだ。変な真似したら……殺すよ」
そう言うと、気を失ったエリスに足をかけた。
「貴様ァ!」
「動くなと言っただろ!俺の姿が見えなくなるまで、そこから動かなけりゃそれでいい。適当なとこでこいつは解放する。――わかったか?」
「ぐぅッ――」
嘘だ。
魔族の吐く言葉を、ガレットは全く信用していない。
(なんでこいつらは、息をするように嘘を吐くのかな)
ガレットは魔族に向かって歩き始める。
「――お前らは本当にクソだよ。理由なく人を傷つけて、意味もなく生活を奪う」
「あぁ?」
「そんな奴らを……俺たちが逃がすと思うのかよ!!」
「ガレット殿!」
「刺激しては――」
「ハーッハッハッハ!!何を言うかと思えば、くだらない!!……しかし、不愉快だ」
エリスを踏みつける足に力が籠る。
「この娘もお前たちも……全員殺してやる」
その目に冷たい殺意が宿った。
――しかし。
「それは無理だな。お前はもう一人、怒らせちゃいけない奴を怒らせたんだ」
「……もういい。お前から殺す」
心底うんざりした顔で、ガレットに手を翳した。
「――消え去れ」
ズドォォォオ!!
「うおお!」
「くっ、ガレット殿!」
彼が放ったのは、魔力の衝撃波。ただただ膨大な魔力をぶつけるだけの、魔法とも呼べない乱暴な技。
「ふん……やはり人間は消すに限……」
そう言いかけた顔が固まった。
立ち込める土煙が晴れ、その姿が視界に映る。そこには、この場にいるはずのない人物が、静かに怒りを燃やしながら立っていた。
「だから言っただろ」
「……僕を呼ぶ声が聞こえた気がしたよ」
「――大正解。後、頼んでいいか?」
「もちろん!」
「何故このエルフがここに……!グリべーは何をやってるんだ!?足止め出来てないじゃないか!!」
「あの魔族なら、まだ戦ってるよ。――言ったでしょ、大事な相棒が、僕を呼んだ気がしたんだよ。さあ……いくよ」
フィーリアが杖を構えると、魔族はエリスを指さして叫んだ。
「動くな!動けばこいつを……」
「――魔力の光」
――まさに一瞬だった。
動くことも、目で追うことも許されない。
その一撃は正確に魔族の胸部を穿ち、貫いた
(はや……すぎる)
「ば………か………………な……」
致命傷を負った魔族は、塵のように崩れ消え去った。
(フィーリア殿……恐ろしい速さよ)
(やはり魔法では……敵わぬ)
セレンとディーヴァは、身近で初めて見るフィーリアの魔法に戦慄した。追い詰められていたとはいえ、自分たちが散々苦労させられた相手を瞬殺してしまったのだから。
「ふぅ。――ところで、なんでガレットが魔族と戦ってたわけ?」
「いやあ……それは……」
◆
「――ムッ?」
交戦中のグリべーは、街のはずれで同族が消滅したことを察知した。
「死んだか……」
「なに上の空しちゃってるのよぉ!」
「……チッ」
(この女……突然出力が上がった)
ミュールはあちこちに傷を負いながらも、楽しそうに杖を振るっている。
(エルフちゃんが飛んでいったってことは、見つけたのよね……じゃあ、もう戦いに集中できるわぁ……)
コート・ミラジアに割かれていた魔力を攻撃に全振りしたことで出力が上がり、攻撃のキレと激しさが増したのだ。より速く、より激しく飛び回る魔力弾。それは、グリべーの動きをもってしても厄介だと感じるほどに。
(……奴が死んだなら、長居は無用だな)
既にグリべーも相殺魔法をかなり使用していて、万全とは言えない。あくまでも冷静に戦局を見て、撤退を選んだ。
「ここまでだな、女」
「あら、せっかく盛り上がってきたのに帰っちゃうのぉ?」
「また戦う機会はある。俺が魔族で、お前が人間である以上は――さらばだ」
次の瞬間には、グリべーは姿を消していた。恐らく、撤退用に温存していた魔法だろう。
「楽しくなってきたのに……残念ね。……あら?」
本気で残念がっているミュールだが、身体は正直だった。
(魔力切れ……なんとかセーフだったってわけね)
ぺたん。
大きく息を吐きながらその場に座り込み、空を見上げる。
「戦いを楽しむには、もっと強くならないといけないわね……うふふ」
◆
「うむ。これなら大丈夫だ」
「すでに魔族の力は感じられぬ。じきに目を覚ますだろう」
セレンとディーヴァがエリスの様子を確認してくれている横で、ガレットは正座を強いられていた。
「なんか変だなぁ……って思ってたんだよね、僕。まさか隠れてそんな事してるとは思わなかったけど……僕に心配かけて楽しいのかな?」
笑顔でフィーリアは詰め寄る。
「ごめんなさい……でも、放っておけなかった。あんな小さい子が操られてるかもしれないなんて聞いて、知らないフリはできないだろ」
「フィーリア殿……ガレットどのは我々が……」
「違うの。セレンとディーヴァを責めるつもりもないよ。ただ……一番に相談して欲しかったな」
「フィーリア……」
「相棒なんでしょ?……だったらちゃんと、頼って」
その真っ直ぐな眼差しに、ガレットは酷く弱い。
「そうだな……うん。次は必ずそうするよ」
「我らが感じるより、遥かに固い繋がりがあるようだ」
「うむ……絆!」
「ところで、二人は身体大丈夫なの?……次、戦うの僕らだけど、どう?」
心配そうにフィーリアは二人を見る。実際、怪我は軽いものでは済んでいない。あれほどの爆発を受けてしまった身体は、あちこち傷だらけだ。
「心配ご無用!きっとそれは、皆同じであろう」
「ああ……無問題!」
(なんかちょっと変なの混ざったぞ)
「そっか……じゃあ、遠慮なしで戦おうね!」
「うむ!」
「応!」
その後、二人はエリスの身柄をギルドに預けるために先に帰路に着いた。
そして、ガレットとフィーリアが残される。
「ところで、お前はなんの用事で出かけてたんだ?」
――ギクッ。
「な、なんでだっけなぁ……あれぇ?」
あからさまに挙動不審になるフィーリア。
(……なんか隠してる)
日頃一緒にいるガレットは、すぐさまそれを見破った……と言いたいところだが、誰の目から見ても彼女の挙動は怪しすぎる。
「えっとねぇ……ちょっと夜のお散歩に……」
「いたいた、エルフちゃーん!」
フィーリアが言葉を選んでいるその時、遠くから彼女を呼ぶ声が聞こえた。
「ん?……ミュールじゃん。なんでこんなところに?」
「みみみみゅーる!どどどうしてこんなところにイルノカナ!?」
慌てふためくフィーリアの姿に、ミュールは眉を八の字にして首を傾げた。
「なんでって……エルフちゃんが魔族を見つけて吹っ飛んでったからでしょ?無事に倒したみたいで何よりだけど……なんでガレットまでここにいるのかしら?」
そういうことか。
ガレットは即座に状況を理解し、立ち上がる。
「フィーリア……さっきなんて言ってたっけ?」
「うう……その…………ごめんね?」
観念したフィーリアは、素直に謝罪を口にした。
「あらあらぁ……一応言っておくけど、エルフちゃんを連れ出したのは私だから勘違いしないであげてね。なんだか、お互い様の予感がするわね?」
そんな二人の様子を、ミュールは頬に両手を当てて楽しそうに眺めている。
「きっと、二人ともお互いが大事なのよ。魔族との戦いなんて、出来れば巻き込みたくないものね。不器用だけど素敵じゃない……うふふっ」
(……言わなかったのに)
(ミュール……言わないでよぉ)
見事に図星をつかれた二人は、赤面して俯いている。
「じゃ、私は先に戻るわね。エルフちゃんのお陰で助かったわ。詳しい話はまた後日、ね」
言いたいことを全部言い切ったのだろう。ミュールはそれはとてもスッキリした顔をして、満面の笑みで帰路についた。
「……ま、なんだ」
「うーん……その……」
――こんなところまで同じだなんて。
二人は顔を見合わせて笑った。
「結果オーライってことにしとくか」
「うん……そうだね。でもガレット」
「ん?」
「やっぱりもうちょい、魔法頑張ろっか?」
「――そうだな。また頼むよ、先生」
「へへ……お任せあれ!」
二人が並んで歩き始めると、ちょうど朝日が昇り始めた。
まるで、戦いを労うように。その光は優しく二人を照らしていた――




