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瞬きのフィーリア  作者: 芳乃千里
第三章
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17/21

第17話 怒れるエルフと魔族の影


「ミルオーーーー!!」


ほんの少し前に出会ったばかりの男の名を、ガレットは叫んでいた。身体の前後から血が流れている。それだけで、彼の負った傷が深いことは容易に理解できた。


観客も、一瞬の出来事に言葉を失っている。


「厄介なおチビちゃんね……」


ミュールは防戦を強いられていた。彼女の放つ魔法はことごとく弾かれ、次の瞬間には反撃が飛んでくる。


(役割分担が上手い。徹底して攻撃と防御に分かれている。……それなら)


「――コート・ミラジア」


その刹那、闘技場に無数のミュールが現れた。


「おばさん増えたね!どうする?」


「ぜんぶやっつけちゃえ!」


アリスが杖を構え、エリスが防御結界を張る。二対一となった今、攻撃と防御を完全に分担する二人は、まさに磐石の布陣だった。


「ほらほらー!ぜんぶやっちゃえー!」


アリスが杖を振り回すと、次々にミュールの分身を蹴散らしていく。


(魔力を感じた時には、もう着弾している……防ぎようがない)


ミュールは未だ攻撃の正体を見破れていない。時折攻撃を挟みながら分身で時間を稼ぎ、解析をしようと企んだのだが――


「もはや、それどころじゃないわね。……ここまでか」


正体不明の魔法によって、既にほとんどの分身が消されている。ミュールは倒れるミルオに目をやり、これ以上の戦いは無意味だと判断した。


――しかし。


「逃がすと思うの?」


「これは、戦いだよ」


突如、双子の顔から笑みが消えた。


先ほどまで笑っていた少女達の表情は、能面のように変わっている。そこには一切の感情がなかった。


その姿を目にした瞬間、会場にいた者たちは指一本動かせないほどに硬直した。


会場が静まり返る。観客のざわめきも、魔法の音も聞こえない。ただ、双子の放つ異様な圧力だけが、そこに満ちていた。


(こ、声が出ない……)


(なんと……我が気圧されるとは)


ガレットやセレン達も例外ではない。身体が強張り、呼吸すら忘れてしまいそうになる。


しかし、その中でただ一人、それを跳ね除けた者がいた。


「ミュールさん!逃げて!」


叫んだのはフィーリアだった。


その声は、確かにミュールに届いていた。


(エルフちゃんに心配されちゃったわぁ……)


ミュールがフィーリアの方を向き、微笑んだ。


その笑顔の意味は、考えるまでもない。


――パスッ。


ミュールの腹部に風穴が空いた。


笑顔のまま口から血を流し、後ろへ倒れ込む。


「そ、そこまで!第三試合終了!――戦いを制したのは……」


すぐさま試合を止めるべく、審判が叫ぶ。


しかし……遅すぎた。


「死ぬまでやるのが戦いだよ」


双子が無慈悲に魔法を唱えると、地鳴りとともに巨大な魔法陣が展開される。


「――魔力の光(アピスパシア)」


禍々しく放たれた黒い魔力が、ミュールを飲み込んだ。


轟音とともに辺りを覆う土煙。誰の目から見ても、ミュールの生存は絶望的だった。


――しかし。


「へぇ、こんなこともあるんだ」


「正義感?……ほんとに変なエルフだね」


土煙の中から現れたのは、フィーリア。


両者の間に割って入り、魔法を相殺したのだ。フィーリアの周囲には黒い魔力の残滓が漂っている。


「ねぇ、君はルールを知っててこうするの?」


刺すような視線とともに放たれるその言葉は、まるで別人のもののように冷たかった。


普段なら、何かと楽しそうに笑っているはずのフィーリア。だが今は、その面影がどこにもない。


「んん?ルール?あったね、そんなの。でもさ……」


「戦いは、負けたら死ぬんだよ?」


悪びれる素振りもなく笑うアリスとエリス。


「これは試合、殺し合いではないの。――まだやるつもりなら、僕が相手になるよ」


フィーリアは静かに魔力を練り上げる。周囲の空気が震え、闘技場にいる誰もが息を呑んだ。


ガレットは思わずフィーリアを見つめる。


(……フィーリアが怒ってる。こんなに荒々しく……)


彼女が桁外れの魔力を持っていることは知っている。それでも、今感じているのは普段とはまるで違う――


「フ、フィーリア……!」


「まずいですよ……」


ガレットとリリンがなんとか立ち上がろうとする。しかし、身体はまともに動いてくれない。


(乱闘騒ぎはごめんだぜ……それにミルオもミュールも……あれ?)


重傷を負った二人へ視線を向ける。


しかし、そこに倒れていたのはミルオただ一人だった。


「い、いない?」


ガレットが周囲を見渡すと、声が聞こえてきた。


「エルフちゃん。私のために怒ってくれるのは嬉しいけど……少し落ち着きなさいな」


「――えっ!?」


喋れる状態じゃないはず。


その声に驚き、フィーリアが後ろを振り向く。


「う〜ん。私の魔法はエルフちゃんにも通用するのねぇ。なんだか嬉しいわぁ」


そう嬉々と語るミュールは、フィーリアの隣に立っていた。


(いつの間に!?……魔力も気配も感じなかった)


「おばさん、意外とやる人だったんだ」


「すっかり騙されたね」


双子も表情を変えずに、その様子を見ている。


「私のコート・ミラジアは、認識を錯覚させる魔法。分身はその副産物よ」


彼女は相手が分身に意識を取られている間に、完全に自分の気配を消し去っていたのだ。まるで透明人間になったかのように。


「あはは!命拾いしたね!」


「死んどいた方が楽だったかもよ?」


「そうかしら。命拾いしたのは、あなた達かもしれないのに?」


ぽん。


フィーリアの肩に手を置いて、ミュールは怪しく笑う。


「このエルフちゃん。あなた達じゃ逆立ちしても勝てないわよ?ぶちギレちゃう前で良かったわね〜。うふふっ」


双子の額に青筋が浮かぶ。


「……まあいいや、いこ」


「エルフもおばさんも、殺すから……」


一瞬、再び殺気が放たれる。しかし二人は踵を返し、その場を後にした。


その姿が見えなくなると、会場を覆っていたプレッシャーは消え去った。人々はどよめきの中、ようやく動き始める。


「な、なんだったんだあいつら……」


「わからぬ……だが、あれではまるで……」


「すっげえ怖かった……」


「……まだ動けないよ」


ガレットは未だ震える自分の手を見つめている。


フィーリアは、あんな奴らの前に立ちはだかったのか。


「い、一触即発でしたが無事に終わりましたー!救護班はミルオ選手をすぐに医務室へ!」


「そうだ、ミルオ!」


ガレットは倒れている彼に駆け寄った。


「おい!大丈夫か!」


「ガレット……か……。ふっ……俺はここまでのようだ。――最後まで……苦労ばかりの人生だった……。お前は……俺のようには……なる……な……」


ガクッ。


まるで遺言のようにガレットへ言葉を伝えると、伸ばした手が力なく地面に落ちる。


「ミルオー!!!!」


力なく横たわるミルオと、涙を浮かべて叫ぶガレット。


まさか、こんな形で大会初の死者が出てしまうのか……。


会場の皆も、悲痛な面持ちでその様子を見守っていた。


――一人を除いて。


「なにやってんのよ、ミルオ」


二人を見下ろしながら、声をかける。


――どうしてそんなに冷たいんだ。相棒が死んだんだぞ。


そう叫びたい気持ちを抑え、ガレットは彼女を睨む。


「とっくに止血は終わってるでしょ。茶番はやめて、さっさと治療してもらいなさい」


「…………はぁ」


すると、死んだはずのミルオがため息とともにゆっくり起き上がった。


「お、お前……」


「はは、悪いなガレット。こう見えて回復魔法が使えるんだ。……とはいえ、本当に死ぬかと思ったけどな」


ガレットも観客も、ぽかんとした顔で彼を見ている。


「あ、あいつ生きてるぞ!」


「なんと!あの傷で生きとるとは!」


負けたというのに、ミルオとミュールには歓声が降り注いだ。


「なんだよ……良かった」


ガレットも地面に座り込み、大きくため息を吐いた。


◆


「うん、変に動かなきゃ大丈夫でしょ。止血どころか、ほとんど治療も行えているよ」


「どうも」


医務室で医者とミルオがそんなやり取りをしている中、ガレット一行は控え室に戻っていた。


「落ち着いた?エルフちゃん」


そう声をかけるのはミュール。傍らには、すごい勢いで巨大ジュースを吸い込むフィーリアがいる。


「……落ち着いたよ。早とちりしちゃってごめんね」


「あら、そんなことないわよぉ。あの魔法は魔力の消費が凄いから、どのみち魔力切れを起こしたら死んでたわぁ」


「それなら良かったけど……ミルオは大丈夫かな?」


フィーリアはチラッと医務室の方へ視線を向ける。


「彼は大丈夫よ。ああ見えて回復魔法が得意だから、即死レベルの怪我じゃなきゃそう簡単に死なないわよ」


んふふ、と笑うミュール。


彼女たちの間にも、ある種の信頼関係があるのだろうか。


「それより……席外させちゃってごめんなさいね。直に対峙したあなたなら、もう気づいたと思うけど」


「うん。あの子たちの力は魔族そのものだね。ただ……擬態なのか、そうでないのかはまだ分からないよ」


「そうなのよ。ただ擬態しているだけなのか、それとも操られているだけなのか、判断がつかなかったわ」


「確信が持てればやりようはあったもんね。……魔族の好きそうなやり方だよ」


――魔族。


強力な魔力と身体能力を持つ、人間とは似て非なる存在。その姿形や思想は千差万別なれど、唯一共通する行動原理がある。


それは――人間を滅ぼすこと。


「しばらく大人しかったんだけど、最近また各地で被害が報告されているわ」


そう語りながら、ミュールは首からネックレスを外し、フィーリアの前に置いた。


「これは……」


「みんなには内緒よ。ミルオも知らないわ」


ミュールが差し出したのは、大陸最大の魔法使いギルド《中央魔術協会》の会員証。


所持できるのは、一部の力ある魔法使いのみとされている。


「じゃあ、ミュールは勅命でこの大会に出たってこと?」


「その通りよ。名のある魔法使いが集まる事なんてそうないわ。さっきみたいな事が起こらないように……ってね」


「ある意味、当たったのがミュール達で良かったよ……」


「うふふ、そうかもしれないわね。それで……エルフちゃんにお願いがあるんだけど、いいかしら?」


◆


ミュールからフィーリアに話があると言われ、席を外したガレット達。


ムスカとミレルタは疲労のためか眠そうにしていたので、個室を借りて休ませた。


結果としてセレンとディーヴァ、そしてガレットの男三人が残される形になってしまったのだが……


「なあ、おっさん達……あの双子は……人間なのか?」


根拠は無い。ただ、あの禍々しく年齢にそぐわない魔力は、疑念を持たせるのには十分過ぎた。


「ハッキリとは言えぬ。だが、我らが感じたあの子らの魔力は……魔族そのものだった」


「うむ……外見はそのまま人間だが、擬態なのかそうでないのかは判断がつかぬ」


「……せこいことするよな、魔族は」


(擬態ならまだいい。けど、もし操られてるだけだったら……俺は攻撃出来ない)


ガレットは俯いていた。


今回はフィーリアが飛び出したことで大事には至らなかったが、これから先、こんな状況があったとして、迷わず剣を振るえるのか。


――自信はない。


「まあ――気圧されて動けないようじゃ、どのみち殺されて終わり、か」


セレンとディーヴァは何も言わない。けれど、二人の闘志はふつふつと燃え始めていた。


「――ガレット殿」


「……なんだ?」


「貴殿を見込んで話がありまする」


◆


その後しばらくすると、会場にアナウンスが流れた。


内容は、本日の残りの試合は明日に持ち越すこと、出場者は各々の宿で待機することだった。


「よ、おかえりフィーリア」


「ただいま。なんだか……変なことになっちゃったね」


「そうだなぁ……とりあえず二人とも無事だから良かったものの、きな臭いことに変わりは無いよな」


「うん……この先何事もないといいけどね」


「……」


「……」


沈黙が続く。


さっきまで大勢に囲まれていたからというのもあるだろうが、二人には明確に口数が少なくなる理由があった。


(か、隠し事があると……下手な事喋れないな)


(い、今たくさん喋るとボロが出ちゃう……僕、苦手だよぉ。こういうの)


二人は互いに目を伏せて冷や汗をかいている。


そう、この二人は致命的に隠し事が下手だった。


(あれ、でもなんかガレットまで様子が変……でも)


(いつものフィーリアじゃない気がするけど……)


――余計なことは言えない!!


謎の膠着状態は、日が沈むまで続いた。


「ガレット、僕ちょっとお出かけしてくるね」


タイミングを見計らったように、フィーリアが声をかけてきた。


「あ、ああ。俺もセレン達に呼ばれててさ、少し出かけるよ」


「そ、そうなんだ!ゆ……ゆっくりしてきていいからね!」


「あ、ああ!そっちもな!」


たどたどしくそんなやり取りをすると、フィーリアはそそくさと出かけて行った。


「はぁ〜……息が詰まる……隠し事は良くないよ、ほんとに」


ソファーに腰をおろし、深くため息を吐く。


そして大きく息を吸い込み、勢いよく立ち上がった。


「――乗りかかった船だ。いっちょやるか」


既に気持ちは切り替わった。


力の差を見せつけられてうだうだしているより、出来ることをやった方がいい。


あの筋肉魔法使いとは出会えて良かった。二人の熱い心が自分の心まで動かしてくれたのを感じている。


各々の思惑が交差する、長い夜が始まった――



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