第17話 怒れるエルフと魔族の影
「ミルオーーーー!!」
ほんの少し前に出会ったばかりの男の名を、ガレットは叫んでいた。身体の前後から血が流れている。それだけで、彼の負った傷が深いことは容易に理解できた。
観客も、一瞬の出来事に言葉を失っている。
「厄介なおチビちゃんね……」
ミュールは防戦を強いられていた。彼女の放つ魔法はことごとく弾かれ、次の瞬間には反撃が飛んでくる。
(役割分担が上手い。徹底して攻撃と防御に分かれている。……それなら)
「――コート・ミラジア」
その刹那、闘技場に無数のミュールが現れた。
「おばさん増えたね!どうする?」
「ぜんぶやっつけちゃえ!」
アリスが杖を構え、エリスが防御結界を張る。二対一となった今、攻撃と防御を完全に分担する二人は、まさに磐石の布陣だった。
「ほらほらー!ぜんぶやっちゃえー!」
アリスが杖を振り回すと、次々にミュールの分身を蹴散らしていく。
(魔力を感じた時には、もう着弾している……防ぎようがない)
ミュールは未だ攻撃の正体を見破れていない。時折攻撃を挟みながら分身で時間を稼ぎ、解析をしようと企んだのだが――
「もはや、それどころじゃないわね。……ここまでか」
正体不明の魔法によって、既にほとんどの分身が消されている。ミュールは倒れるミルオに目をやり、これ以上の戦いは無意味だと判断した。
――しかし。
「逃がすと思うの?」
「これは、戦いだよ」
突如、双子の顔から笑みが消えた。
先ほどまで笑っていた少女達の表情は、能面のように変わっている。そこには一切の感情がなかった。
その姿を目にした瞬間、会場にいた者たちは指一本動かせないほどに硬直した。
会場が静まり返る。観客のざわめきも、魔法の音も聞こえない。ただ、双子の放つ異様な圧力だけが、そこに満ちていた。
(こ、声が出ない……)
(なんと……我が気圧されるとは)
ガレットやセレン達も例外ではない。身体が強張り、呼吸すら忘れてしまいそうになる。
しかし、その中でただ一人、それを跳ね除けた者がいた。
「ミュールさん!逃げて!」
叫んだのはフィーリアだった。
その声は、確かにミュールに届いていた。
(エルフちゃんに心配されちゃったわぁ……)
ミュールがフィーリアの方を向き、微笑んだ。
その笑顔の意味は、考えるまでもない。
――パスッ。
ミュールの腹部に風穴が空いた。
笑顔のまま口から血を流し、後ろへ倒れ込む。
「そ、そこまで!第三試合終了!――戦いを制したのは……」
すぐさま試合を止めるべく、審判が叫ぶ。
しかし……遅すぎた。
「死ぬまでやるのが戦いだよ」
双子が無慈悲に魔法を唱えると、地鳴りとともに巨大な魔法陣が展開される。
「――魔力の光」
禍々しく放たれた黒い魔力が、ミュールを飲み込んだ。
轟音とともに辺りを覆う土煙。誰の目から見ても、ミュールの生存は絶望的だった。
――しかし。
「へぇ、こんなこともあるんだ」
「正義感?……ほんとに変なエルフだね」
土煙の中から現れたのは、フィーリア。
両者の間に割って入り、魔法を相殺したのだ。フィーリアの周囲には黒い魔力の残滓が漂っている。
「ねぇ、君はルールを知っててこうするの?」
刺すような視線とともに放たれるその言葉は、まるで別人のもののように冷たかった。
普段なら、何かと楽しそうに笑っているはずのフィーリア。だが今は、その面影がどこにもない。
「んん?ルール?あったね、そんなの。でもさ……」
「戦いは、負けたら死ぬんだよ?」
悪びれる素振りもなく笑うアリスとエリス。
「これは試合、殺し合いではないの。――まだやるつもりなら、僕が相手になるよ」
フィーリアは静かに魔力を練り上げる。周囲の空気が震え、闘技場にいる誰もが息を呑んだ。
ガレットは思わずフィーリアを見つめる。
(……フィーリアが怒ってる。こんなに荒々しく……)
彼女が桁外れの魔力を持っていることは知っている。それでも、今感じているのは普段とはまるで違う――
「フ、フィーリア……!」
「まずいですよ……」
ガレットとリリンがなんとか立ち上がろうとする。しかし、身体はまともに動いてくれない。
(乱闘騒ぎはごめんだぜ……それにミルオもミュールも……あれ?)
重傷を負った二人へ視線を向ける。
しかし、そこに倒れていたのはミルオただ一人だった。
「い、いない?」
ガレットが周囲を見渡すと、声が聞こえてきた。
「エルフちゃん。私のために怒ってくれるのは嬉しいけど……少し落ち着きなさいな」
「――えっ!?」
喋れる状態じゃないはず。
その声に驚き、フィーリアが後ろを振り向く。
「う〜ん。私の魔法はエルフちゃんにも通用するのねぇ。なんだか嬉しいわぁ」
そう嬉々と語るミュールは、フィーリアの隣に立っていた。
(いつの間に!?……魔力も気配も感じなかった)
「おばさん、意外とやる人だったんだ」
「すっかり騙されたね」
双子も表情を変えずに、その様子を見ている。
「私のコート・ミラジアは、認識を錯覚させる魔法。分身はその副産物よ」
彼女は相手が分身に意識を取られている間に、完全に自分の気配を消し去っていたのだ。まるで透明人間になったかのように。
「あはは!命拾いしたね!」
「死んどいた方が楽だったかもよ?」
「そうかしら。命拾いしたのは、あなた達かもしれないのに?」
ぽん。
フィーリアの肩に手を置いて、ミュールは怪しく笑う。
「このエルフちゃん。あなた達じゃ逆立ちしても勝てないわよ?ぶちギレちゃう前で良かったわね〜。うふふっ」
双子の額に青筋が浮かぶ。
「……まあいいや、いこ」
「エルフもおばさんも、殺すから……」
一瞬、再び殺気が放たれる。しかし二人は踵を返し、その場を後にした。
その姿が見えなくなると、会場を覆っていたプレッシャーは消え去った。人々はどよめきの中、ようやく動き始める。
「な、なんだったんだあいつら……」
「わからぬ……だが、あれではまるで……」
「すっげえ怖かった……」
「……まだ動けないよ」
ガレットは未だ震える自分の手を見つめている。
フィーリアは、あんな奴らの前に立ちはだかったのか。
「い、一触即発でしたが無事に終わりましたー!救護班はミルオ選手をすぐに医務室へ!」
「そうだ、ミルオ!」
ガレットは倒れている彼に駆け寄った。
「おい!大丈夫か!」
「ガレット……か……。ふっ……俺はここまでのようだ。――最後まで……苦労ばかりの人生だった……。お前は……俺のようには……なる……な……」
ガクッ。
まるで遺言のようにガレットへ言葉を伝えると、伸ばした手が力なく地面に落ちる。
「ミルオー!!!!」
力なく横たわるミルオと、涙を浮かべて叫ぶガレット。
まさか、こんな形で大会初の死者が出てしまうのか……。
会場の皆も、悲痛な面持ちでその様子を見守っていた。
――一人を除いて。
「なにやってんのよ、ミルオ」
二人を見下ろしながら、声をかける。
――どうしてそんなに冷たいんだ。相棒が死んだんだぞ。
そう叫びたい気持ちを抑え、ガレットは彼女を睨む。
「とっくに止血は終わってるでしょ。茶番はやめて、さっさと治療してもらいなさい」
「…………はぁ」
すると、死んだはずのミルオがため息とともにゆっくり起き上がった。
「お、お前……」
「はは、悪いなガレット。こう見えて回復魔法が使えるんだ。……とはいえ、本当に死ぬかと思ったけどな」
ガレットも観客も、ぽかんとした顔で彼を見ている。
「あ、あいつ生きてるぞ!」
「なんと!あの傷で生きとるとは!」
負けたというのに、ミルオとミュールには歓声が降り注いだ。
「なんだよ……良かった」
ガレットも地面に座り込み、大きくため息を吐いた。
◆
「うん、変に動かなきゃ大丈夫でしょ。止血どころか、ほとんど治療も行えているよ」
「どうも」
医務室で医者とミルオがそんなやり取りをしている中、ガレット一行は控え室に戻っていた。
「落ち着いた?エルフちゃん」
そう声をかけるのはミュール。傍らには、すごい勢いで巨大ジュースを吸い込むフィーリアがいる。
「……落ち着いたよ。早とちりしちゃってごめんね」
「あら、そんなことないわよぉ。あの魔法は魔力の消費が凄いから、どのみち魔力切れを起こしたら死んでたわぁ」
「それなら良かったけど……ミルオは大丈夫かな?」
フィーリアはチラッと医務室の方へ視線を向ける。
「彼は大丈夫よ。ああ見えて回復魔法が得意だから、即死レベルの怪我じゃなきゃそう簡単に死なないわよ」
んふふ、と笑うミュール。
彼女たちの間にも、ある種の信頼関係があるのだろうか。
「それより……席外させちゃってごめんなさいね。直に対峙したあなたなら、もう気づいたと思うけど」
「うん。あの子たちの力は魔族そのものだね。ただ……擬態なのか、そうでないのかはまだ分からないよ」
「そうなのよ。ただ擬態しているだけなのか、それとも操られているだけなのか、判断がつかなかったわ」
「確信が持てればやりようはあったもんね。……魔族の好きそうなやり方だよ」
――魔族。
強力な魔力と身体能力を持つ、人間とは似て非なる存在。その姿形や思想は千差万別なれど、唯一共通する行動原理がある。
それは――人間を滅ぼすこと。
「しばらく大人しかったんだけど、最近また各地で被害が報告されているわ」
そう語りながら、ミュールは首からネックレスを外し、フィーリアの前に置いた。
「これは……」
「みんなには内緒よ。ミルオも知らないわ」
ミュールが差し出したのは、大陸最大の魔法使いギルド《中央魔術協会》の会員証。
所持できるのは、一部の力ある魔法使いのみとされている。
「じゃあ、ミュールは勅命でこの大会に出たってこと?」
「その通りよ。名のある魔法使いが集まる事なんてそうないわ。さっきみたいな事が起こらないように……ってね」
「ある意味、当たったのがミュール達で良かったよ……」
「うふふ、そうかもしれないわね。それで……エルフちゃんにお願いがあるんだけど、いいかしら?」
◆
ミュールからフィーリアに話があると言われ、席を外したガレット達。
ムスカとミレルタは疲労のためか眠そうにしていたので、個室を借りて休ませた。
結果としてセレンとディーヴァ、そしてガレットの男三人が残される形になってしまったのだが……
「なあ、おっさん達……あの双子は……人間なのか?」
根拠は無い。ただ、あの禍々しく年齢にそぐわない魔力は、疑念を持たせるのには十分過ぎた。
「ハッキリとは言えぬ。だが、我らが感じたあの子らの魔力は……魔族そのものだった」
「うむ……外見はそのまま人間だが、擬態なのかそうでないのかは判断がつかぬ」
「……せこいことするよな、魔族は」
(擬態ならまだいい。けど、もし操られてるだけだったら……俺は攻撃出来ない)
ガレットは俯いていた。
今回はフィーリアが飛び出したことで大事には至らなかったが、これから先、こんな状況があったとして、迷わず剣を振るえるのか。
――自信はない。
「まあ――気圧されて動けないようじゃ、どのみち殺されて終わり、か」
セレンとディーヴァは何も言わない。けれど、二人の闘志はふつふつと燃え始めていた。
「――ガレット殿」
「……なんだ?」
「貴殿を見込んで話がありまする」
◆
その後しばらくすると、会場にアナウンスが流れた。
内容は、本日の残りの試合は明日に持ち越すこと、出場者は各々の宿で待機することだった。
「よ、おかえりフィーリア」
「ただいま。なんだか……変なことになっちゃったね」
「そうだなぁ……とりあえず二人とも無事だから良かったものの、きな臭いことに変わりは無いよな」
「うん……この先何事もないといいけどね」
「……」
「……」
沈黙が続く。
さっきまで大勢に囲まれていたからというのもあるだろうが、二人には明確に口数が少なくなる理由があった。
(か、隠し事があると……下手な事喋れないな)
(い、今たくさん喋るとボロが出ちゃう……僕、苦手だよぉ。こういうの)
二人は互いに目を伏せて冷や汗をかいている。
そう、この二人は致命的に隠し事が下手だった。
(あれ、でもなんかガレットまで様子が変……でも)
(いつものフィーリアじゃない気がするけど……)
――余計なことは言えない!!
謎の膠着状態は、日が沈むまで続いた。
「ガレット、僕ちょっとお出かけしてくるね」
タイミングを見計らったように、フィーリアが声をかけてきた。
「あ、ああ。俺もセレン達に呼ばれててさ、少し出かけるよ」
「そ、そうなんだ!ゆ……ゆっくりしてきていいからね!」
「あ、ああ!そっちもな!」
たどたどしくそんなやり取りをすると、フィーリアはそそくさと出かけて行った。
「はぁ〜……息が詰まる……隠し事は良くないよ、ほんとに」
ソファーに腰をおろし、深くため息を吐く。
そして大きく息を吸い込み、勢いよく立ち上がった。
「――乗りかかった船だ。いっちょやるか」
既に気持ちは切り替わった。
力の差を見せつけられてうだうだしているより、出来ることをやった方がいい。
あの筋肉魔法使いとは出会えて良かった。二人の熱い心が自分の心まで動かしてくれたのを感じている。
各々の思惑が交差する、長い夜が始まった――




