第16話 暫しの休憩、そして第三試合
「あの!僕一試合目に出てたフィーリアです!みんな強くて感激しちゃいました!」
目を輝かせながら彼女が話しかけているのは、試合を終えたばかりの筋肉系魔法使いたち。数十分前にも同じような光景を見た気がするが、ガレットはもはや何も思わなくなっていた。
「うむ……我々も見ていたぞ!その細い身体でよう戦うものだ、次の試合が楽しみだな!」
「エルフがこの大会に出るとは思わんかったが……これもまた僥倖!」
そんなエルフに警戒する素振りすら見せないのは、先の勝者であるセレンとディーヴァ。ガレットらが次に戦う相手なのだが、そんなことはまるで関係なさそうに喋っている。
「時にガレット殿。貴殿は魔法も使えるようだが、本職は剣士であろう?よくぞ出場を決めたものよ」
「うむ。魔力乱れる戦の中に剣を握りしめ立ち向かう姿……勇敢なり!」
なんだかこっちまで飛び火してきたぞ。
どうしよう、と一瞬考えはしたものの、輝く笑顔でこちらを見つめる二人を無視出来るガレットではなかった。
「い、いやあ……俺は魔法は全然……ただ、こいつの力ならいいとこまでいけるのかなあって」
「ほう!それだけ信頼関係があるということですな!?」
「いやはや素晴らしい!人間とエルフのコンビなどそうそう見れませんぞ!」
二人の圧はどんどん強くなっていく。根が良い人たちなのは充分に理解したが、なんせ勢いが強い。初めて遭遇するタイプの人にまるでタジタジとなってしまった。
「その通り!僕たちは深い信頼関係にあるんだよ!」
そこに切り込んできたのはもちろんフィーリア。何故だか、勝ち誇ったような顔をしている。
「ワハハハ!楽しみだのう。……明日、お互い全力を尽くそうぞ」
「我らとて絆は深い……負けぬぞ!」
「うん!精一杯戦おう!」
「死なないように頑張るよ……はは……」
試合は明日だというのに、両者の間には既に火花が散っているように見える――一人を除いて。
◆
「ところで、次の試合はまだ始まらないのか?」
第二試合が終わってしばらく経つが、なかなかアナウンスが聞こえてこない。不思議に思ったガレットはリリンに尋ねた。
「なんだか、二試合で思いのほか闘技場が破損したらしくて、修復作業をしているそうですよ。まあ、あれだけやったらそうなりますけどね」
「なるほどなあ……じゃ、しばらく休憩か。んで、あいつらはどこへ行ったんだ?」
三人娘の姿は既に控え室にはない。面倒ごとさえ起こさなければいい、と思って自由行動をさせているものの、やはりあの三人を放っておくのはどうも心配だ。
「あ、帰ってきましたよ」
リリンが指さす方向に、彼女たちは歩いていた。
「……君たち、楽しみすぎてない?」
「えふぇ?ふぉうかにゃあ?」
「かてゃいこほいうにゃ!にいひゃん!」
「ほうほう……おまふりなんはから」
――頭が痛い。
どこへ行っていたか、など聞くまでもない。三人は屋台で調達したであろう巨大なクッキーをくわえ、両手には溢れんばかりのご飯をぶら下げている。
「とりあえず、その、クッキー食べてから話そ?」
「ひょっほまっへへ!」
帰りたいかも……
この旅を始めてまだそんなに日にちは経っていないが、この時初めておうちに帰りたいと思ったガレットだった。
そんな時。
「――うふふ。見つけたわ、可愛いエルフちゃんたち……」
一行の様子を、遠くから見つめる一人の女性がいた。テーブルに肘をついて怪しく笑う彼女は、ロングヘアに隠れた片目を怪しく光らせている――
「おい、また獲物の品定めか?……飽きもせずよくやるな、ミュール」
「あら、人聞きが悪いわねミルオ。私はただ……可愛いと思った子達を、存分に愛でたいだけよ。うふふ」
ミルオは、浅くため息をついた。
こんな大会に出たいと言い出すから、着いてきてみれば――この有様だ。
「それで?私たちの相手はどこにいるのかしら?」
そんな彼の様子などお構いなしに、ミュールはキョロキョロと自らの相手を探している。
「エルフに夢中で相手は後回しか……あいつらだよ。こっちを見てる、チビ二人」
「あら……まだ小さいのに立派な目をしてるわね。……こっちもいいわぁ」
もう、ダメだ。優勝でも負けでもなんでもいい、早く終わらせて家に帰りたい。
もはやミルオに試合のモチベーションはなく、ただただ家に帰りたいと願う哀れな男と化している。
(エルフと組んでるあの男も大変そうだな……気持ちはわかるぜ)
うなだれる彼の視界には、遠くでワイワイと騒ぐ少女たちと、同じく一人うなだれているガレットの姿が映っていた。
(――ともかく、平和に終わらせねえとな……)
◆
それからしばらく、各々がつかの間の休息を楽しんでいると会場にアナウンスが鳴り響いた。
「会場の皆さま、大変お待たせ致しました!先程無事に闘技場の補修が終わりましたので、試合開始のご案内になります!」
「やっとだね!待ちくたびれちゃった!」
「嘘つけ、誰よりも楽しんでただろ」
「えへ、ばれた?でも、待ちくたびれたのは本当だよ。次の試合も楽しみだね!」
「そうだなあ……で、次は誰だっと」
それらしき人を探そうと辺りを見回す。すると、重い顔をして闘技場へ向かう一人の男が見えた。
「もしかして、次の試合出るのか?」
思わず声をかけてしまった。何故かといえば、この男の顔から同じような苦労を感じてしまったから。
「――お前は、エルフの……」
「ガレットだ。急に声をかけて悪い、なんかその……大変そうな顔してるなあって思って」
「ははは……お互いにな。変わり者が相棒だと、苦労するよな」
その言葉を聞いてガレットは心が跳ねた。まさか、こんな所で同じ苦労を分かち合える奴に出会えるなんて。
「お、お前名前は!?」
「俺は、ミルオ。勝てるかはわからんが、何とかやってくるよ」
そう言うと、彼は背中越しに手を振り消えていく。
(試合、見てやらないとな……)
ガレットはこの大会で初めて、応援したいと思える奴に出会った。
「いくぞ三人娘!試合が始まる!」
「……急にどうしたんだ?兄ちゃん」
「変な人ね……」
「ガレットはたまぁにスイッチが入るんだよ。さ、私たちも行こ!」
ムスカとミレルタは互いに顔を見合せ、不思議そうに首を傾げている。
「大人は大変そうね」
「でも、あの二人いい感じね」
それは、出会ったばかりの幼い彼女たちでも、すぐに理解できたようだ。
◆
「さあ!始まりますは、第三試合!」
「待ちくたびれたぞー!」
「早くー!!」
前の試合からかなり時間が空いたというのに、闘技場の熱気は変わらない。きっとそれだけこの大会は皆に期待されているのだ。
「続きまして第三試合!登場するのは――なんと、双子の魔法使い!アリス&エリス!相対するのはミュール&ミルオ!」
「な、あの二人お前らより小さいぞ!大丈夫なのかよ!」
その姿を見て、心底驚いた。現れた双子は、ガレットの隣に並ぶムスカやミレルタより遥かに小さい。
「小人の魔法使いか!?」
「なんて可愛いの〜!!」
客席はどよめきを抑えきれないが無理もない、ほとんどの観客の目にはその小人が有する魔力が見えていないのだから。
「……あの二人私たちより強いじゃん」
「……あれは勝てない、ね」
きっとこの二人も魔力を見て判断したのだろう。何せ、その小さい身体から溢れ出る魔力はまるで――
「ぬぅ……あ、あれほどの童子がいるとは。」
「世は広い……我らもまだまだの様だ」
「――なんでちゃっかりお前らまでいるんだよ」
ガレットの背後で冷や汗を流し、腕を組むのはセレンとディーヴァ。
(なんで試合が進む毎に人が増えていくの……?)
まだ幼い年頃の娘とローブに身を包む筋肉魔法使いが二人ずつ。そして、その中心には当然ガレットとフィーリア。
誰がどう見ても、異様な集団と化している。
「硬いことを言いなさるな!拳を交える運命とはいえ、今はただ共に試合を見守ろうぞ!」
セレンは笑顔で親指を立てる。
やめろ、白い歯が眩しい。
「あらあら、気づいたらエルフちゃん達大所帯になってるわねぇ……私も混ぜて貰えないかしら」
闘技場から羨ましそうに客席を見上げるミュール。
「いいから今は前を見ろよ。あのチビども……強いなんてもんじゃないぞ」
ミルオは手が震えていた。
あんなに小さいガキンチョなのに……魔力だけで気圧されるなんて――
そんな彼の様子を知ってか知らずか、双子はにっこりと笑う。
「よろしくおねがいします!」
「がんばりますね!」
口を開けば年相応。だが、その底知れない力は不気味なまでに魔法使いたちの神経に絡みつく。
(やるしかねぇ……腹くくるぞ!)
ミルオが腹を括ると同時、開戦のゴングが鳴り響く。
「会場のテンションも最高潮!ではいきますよ……第三試合――開始!!」
「先手必勝だ!――空気の弾丸を放つまほ……」
ミルオが戦いの火蓋を切ろうとした、その時だった。
――ドグッ。
「……あ?」
静寂。まるで世界が止まったようだ。
――一瞬だけ、腹部に僅かな違和感を感じた。放とうとした魔法は離散し、急に足から力が抜ける。
「な、なにが……おき……ぐぶっ」
その言葉を最後にミルオは崩れ落ちた。まるで、糸が切れたかのように。
「……ミルオ?」
ミュールは微動だにせずその名を呼ぶ。
「……」
「あのひと、よわかったね」
「そうだね。あのおばさんもよわいかな?」
双子の顔が怪しく微笑みを浮かべる。
「あら、おばさんなんて歳じゃないわよぉ……オイタも、程々にね?」
そう微笑み返すミュールの瞳は、先程までとは違い冷たく光っていた。
(あの傷……十分くらいはもつかしら。)
杖を構え、魔力を練る。
「試合、止めないでねぇ!……危なくなる前に決着つけるから!」
ミュールはざわめく審判席に叫んだ。
そして双子を穿つべく、杖に魔力を収束させる。
「――上手く受け止めてねぇ」




