第15話 灼熱の第二試合
ムスカとミレルタ。まだ幼くも連携の取れた二人の攻撃を見事に制し、勝利を飾ったガレットとフィーリア。
そして、息付く間もなく始まる第二試合。
現れたのは、なんと筋骨隆々の魔法使いで……?
「な、なんじゃあこりゃ……」
ガレットの頬が、ピクリと引きつった。
眼前で繰り広げられているものを、果たして「魔法使い同士の戦い」と呼んでいいのだろうか。少なくとも、ガレットの知る魔法使いの姿からは、あまりにもかけ離れている。
――遡ること十五分前。
例の三人娘は、すっかり仲良くなっていた。途切れる気配のない会話に花を咲かせ、楽しそうに笑い合っている。だが、第二試合の開始時刻は刻一刻と迫っていた。
さすがに放っておくわけにもいかない。ガレットは意を決し、三人へ声をかけた。
「あのぉ……そろそろ第二試合が始まりますよぉ。俺は見に行くけど、君たちは……どうする?」
「あっ、ガレット!折角みんなで話してたのに、どこいってたの?」
「そうだぞ兄ちゃん!こんな可愛い姉ちゃん放ったらかしでどこか行くなんて!」
「私が貰っちゃいます……」
ずっとすぐそこにいたよ――。
そう言っても無駄なことは、もう理解している。気づけばムスカとミレルタは、すっかりフィーリアに懐いていた。
「あはは……ガレットさんも中々大変そうですねぇ」
そう笑うのはリリン。大会中、ガレット達の世話係に任命されているギルドの人間だ。
「それなりにな……で、どうするんだ?別にここにいてもいいが、折角だし俺は行くぞ」
「僕も行くよ〜!二人はどうする?よかったら一緒に見ようよ!」
「行くっしょ!負けはしたけど、みんなの戦いを見て勉強するんだ!」
「うん。タダじゃ帰れないよね」
「よーし!それじゃいざ観戦!」
そう言うと、三人はガレットを置いて走り去ってしまった。
「振り回されますねぇ。まるで保護者みたいですよ、ガレットさん」
「はは……違いないな。でもフィーリアは凄く嬉しそうだし、あの二人にとってもいい機会だろうし。水を差すのも悪いかなってさ」
「デキる男は言うことが違いますねぇ」
「茶化すなって。さあ、俺らも行こう」
◆
「――さあ、お待たせ致しました!第二試合を始めたいと思います!続いて登場するのは――セレン&ディーヴァ!相対するのはノックス&インツォール!」
アナウンスを受け、四人が闘技場へ上がる。
「四人とも男か……随分激しくなりそうだな」
「その通りです……面白い試合が見られると思いますよ」
リリンは四人を知っているようだった。一体、どんな戦いを見せてくれるのか。そんな期待が膨らみ、気づけばガレットも身を乗り出すようにして闘技場を見つめていた。
「さあ!それでは準備はよろしいでしょうか!第二試合――始め!」
開戦のゴングが鳴り響く。
――しかし、四人は微動だにしなかった。ただ黙って互いを見据え、静かな睨み合いを続けている。
「なんだぁ!早くやれえ!」
「シラケるぞー!」
やがて観客から野次が飛び始める。すると、そのうちの一人がゆっくりと手を挙げた。
「……慌てなさるな。またと無い時間、じっくり楽しまねば!」
その言葉を合図にしたように、四人は身に纏うローブを脱ぎ捨てる。
そして、その下から現れたものに――観客の空気が変わる。
鍛え抜かれた、筋骨隆々の肉体。しかも驚くことに、四人とも、だ。
それを目にした観客はピタリと野次を止めた。
「な、なんだお前ら!めちゃくちゃ強そうじゃねえか!」
「良いぞー!激しいのを見せてくれー!」
不意に訪れた一瞬の静寂は、次の瞬間には地鳴りのような歓声へと変わっていた。
「……この人たち、魔法使いなの?出る大会間違えてない?」
「れっきとした魔法使いですよ……それも、歴戦の」
恐らく、彼らがその手に杖を握っていなければ、百人が百人そう思うだろう。観客が大いに盛り上がる中、ガレットだけは、どうにも彼らを魔法使いとして受け入れられずにいた。
「ガレット〜!あの人たち凄い魔力だよ!」
少し離れたところから、脳天気な声が飛んでくる。フィーリアがブンブンとこちらに手を振っていた。どうやら彼女の目には、鋼のような肉体よりも、その身に宿る魔力の方が気になっているらしい。
「確かに俺でもわかるくらいの魔力だけど……そっちじゃないだろ!」
思わず拳を握りしめて突っ込む。それを聞いたリリンが吹き出した。傍から見れば、見事な漫才である。
そして――四人が動き出した。
「お主らが出るのは知っていた。まさか、初戦から相見えることが叶うとは……僥倖!」
「心ゆくまでやろうぞ……数少ない武闘派魔法使いよ」
セレンとディーヴァが杖を構え、魔力を込める。次の瞬間、杖が光に包まれた。その輪郭が瞬く間に変化し、二人の手には、まるで拳を覆うグローブのようなものが現れる。
「願ってもない……勝負!」
「己が身で語ろうぞ!」
ノックスとインツォールも、それに応えるように杖を変形させる。
(杖、無くなっちゃったよ……)
ガレットが心の中でさらにツッコミを入れた、その瞬間だった。
――四人の姿が消えた。
「!?」
あまりにも一瞬の出来事だった。音すら置き去りにしたような速さに、ガレットは思わず目を疑う。
「上だァー!」
誰かが叫んだ。その声につられて空を見上げる。
――そこには、信じがたい光景が広がっていた。
四人は空を足場にして、燃え盛る拳を互いに叩き込んでいた。
「なんじゃあこりゃ……」
やはり、彼の知る魔法使いの戦いではない。魔法で身体能力を底上げし、魔力の溢れ出る拳をひたすらに打ち付け合う。その姿は、もはや魔法使いというより――。
「はははは!やはり楽しいな!こんな機会はそう巡ってはこんぞ!」
「全くだ!否が応でも心が踊る!」
(なんて楽しそうに殴りあってんだよ、こいつらは……)
ガレットは遠い目をした。もはや、どこから突っ込めばいいのか分からない。
そんな彼の隣で、リリンが口を開いた。
「ガレットさん、彼らの出身は遥か北にある氷結高原なんですよ」
「氷結高原……名前しか聞いたことないな。確か、恐ろしく厳しい環境で暮らす人々がいるとか」
「普通の人じゃ、その地方で暮らすことは困難を極めます。だから、幼少の頃からひたすらに武術と魔法に励み、鋼の肉体と強靭な魔力を習得するんです。厳しい環境で鍛えられた彼らの身体は、ちょっとやそっとじゃビクともしません」
氷結高原。年間を通して氷に包まれた、極寒の土地。人が住むには、あまりにも厳しい環境だ。それでも彼らは、その地を離れない。生まれ育った場所を愛し、そこで生きるために、自らの身体と魔法を鍛え続けている。
「そして何より――彼らの暮らす地は、魔族の侵攻を抑える重要拠点ともなっています。今でこそおとなしいものですが、当時は彼らがいなければ、とっくに人間は滅んでいるとまで言われていました」
その言葉を聞き、ガレットは闘技場へ視線を戻した。
自分たちが生きるため。そして、自分たちの故郷を守るため。過酷な環境と向き合い続けてきた彼らの生き方は、今も変わらない。
その使命ともいえる暮らしを投げ捨てず、現代まで愚直に貫き続ける姿勢に、ガレットは深く感服した。
「そりゃ強いわけだ。頭が上がらないな」
二人がそんな会話をしていると、客席からひときわ大きな歓声が湧き上がった。
「ノックス殿……その力、まさに北の民を象徴とするものよ……!」
「お主もな……セレン殿!いざ決着をつけよう!」
空中で激しくぶつかり合っていた二人が、ほぼ同時に闘技場へ降り立つ。それまで騒がしかった観客席が、嘘のように静まり返った。誰もが息を飲み、二人の一挙手一投足を見守っている。
――そして、互いに魔力を練り上げた。
先に動いたのはノックスだった。激しく地面を蹴り、一気に飛び出す。全身全霊を込めた一撃。その腕に纏う魔力は、まるで巨人の拳を象ったかのように膨れ上がっていく。
一方、セレンはその場に留まり、全身へ力を込めた。迫り来る巨大な拳を、正面から迎え撃つつもりなのだ。
「――来たれよ!ノックス殿!」
「受けてみよ!――これが極限の一撃!」
両者の拳が――ぶつかった。
次の瞬間、弾け飛ぶように魔力の余波が広がり、客席へと降り注ぐ。
「うわああ!こっちまで来たぞ!」
「ま、前が見えない!」
まるで列車を最高速でぶつけ合わせたような、凄まじい衝撃だった。
土煙と魔力の余波が晴れていく。そして、観客たちが恐る恐る目を開けると――闘技場の中央で倒れ込む二人の姿があった。
――相打ち。
まさかの結末に、観客席がどよめく。しかし、ガレットを始め、その瞬間から目を逸らさなかった者たちは、一様に息を飲んでいた。
「……恐ろしい」
「ですね……勝てますか?ガレットさん?」
まるで悪意もなく、自然とリリンの口から零れた言葉だった。こんなものを見せられては、誰だってそう思う。
「り、両者ノックアウトー!!なんと、戦いの結末は上空で競り合う二人に託されましたー!!」
呆気にとられていたアナウンサーが、ようやく我に返ったように実況する。しかし、ディーヴァとインツォールはすでに距離を取り、互いを見つめていた。
「二人とも見事だ……!」
「互いに良き相棒に恵まれたな……さて!我らも決着をつけるとしよう」
二人は構え、練り上げた魔力を両手の間で圧縮していく。
「あの二人の必殺技は、魔力を全力で相手に放出する《魔道砲》です。……闘技場、吹っ飛ばないかなぁ」
リリンが心配そうに呟いた。圧縮され続ける魔力の余波だけで、闘技場そのものがガタガタと揺れている。
「――ゆくぞ!」
「――いざ!」
今にも破裂しそうな魔力が、互いへ向けて放たれた。高速で飛び出したそれは、まともにくらえば身体など残らないほどの威力を有している。
二人の間で、凄まじい魔力が正面から激突する。両者の力は、全くの互角。
――かに思えた。
しかし。
「や、やはり強いな。――ディーヴァ殿!」
徐々にディーヴァの放つ魔道砲が、インツォールを押し込めていく。インツォールも決して抵抗を諦めない。残された力の全てを注ぎ込み、魔道砲を押し返そうとする。
だが――ついに、その時は訪れた。
「――この戦いに感謝致す。……はぁあっ!」
ディーヴァが目を見開く。さらに一段階、出力を引き上げた。
膨れ上がった魔道砲が、インツォールへと迫る。そして――その姿を、完全に飲み込んだ。
「……見事!」
ズドオオオン!
「……ハァッ!」
またしても土煙が辺りを覆う。しかし、ディーヴァが放った魔力の余波が、一瞬にしてそれを吹き飛ばした。
「だ、第二試合決着!決まりました!立っているのはディーヴァ!強烈な魔法の打ち合いを見事制しました!」
「うおおおお!なんじゃこりゃああ!」
「な、なんて熱い戦いなんじゃ!」
この戦いの結末を、誰が予想できただろうか。どちらが勝ってもおかしくない。そんな、まさに紙一重の戦いだった。
「こんなのと戦って勝つどころか……生き残れる気もしないぞ」
「ですよね。棄権しましょう!」
リリンは即断した。正直なところ、ガレットも「それでもいいか……」と思ってしまうくらいには、次元が違った。
しかし――その会話を、すぐ後ろで聞いている人影がひとつ。
「どうしてそんなに弱気なの?」
「……いくら俺にはフィーリアがいるったって、流石にこんな化け物相手じゃあどうなるか分からな……い……ですよね、フィーリアさん?」
振り返る。
そこには、笑顔のフィーリアが立っていた。
けれどガレットには分かる。
――この笑顔は、怒った時の笑顔だ。
「戦う前から諦めちゃうなんて、ガレットは案外弱虫なのかな?」
「私たちに勝ったのに、弱虫だったんだな!」
「……ちょっと残念かも」
その陰から、ムスカとミレルタも顔を出して煽ってくる。
「お前らなあ!……と言いたいところだけど、あんなんどうやって相手するんだよ。流石にイメージが湧かないぞ」
もはや煽りに反応する気力すらない。そんなガレットを見て、三人娘は揃って指を横に振った。
「ちっちっち……分かってないね、ガレット」
「理解の及ばない戦いだったからな」
「じゃなくてさ……確かに彼らは武闘家としてもかなりの強さだけど、その根源はやっぱり魔法なんだよ。相手が魔法使いなら、僕にはいくらでもやりようがある」
そう言うと、フィーリアは腕をまくり、拳を突き上げた。
「パンチの打ち合いは無理だけど、魔法の撃ち合いなら僕は負けないよ!」
――そうだった。
こいつは、こういう奴だった。
古びたトラップに引っかかったり、なけなしのお金を使って魔法書を買ってきたりする、ちょっと変なエルフ。
けれど、その身にあるのは千年という時間の積み重ね。ガレットの知る限り、最強の魔法使いだ。
フィーリアの瞳には、少しの揺らぎもなかった。まるで――自分が勝つことを、疑ってすらいないような目だった。
「んじゃあ、作戦でも聞かせてもらおうか?」
「んとね……それはこれから決めよ!」
……そうだった。
こいつは、こういう奴だった――。
頼もしさを感じた直後、やはり一抹の不安を覚えずにはいられない。
そんな二人の様子など知る由もなく、熱気を帯びた会場は次の試合へ移ってゆく――。
◆
――興奮冷めやらぬ観客たちは、次の試合にも期待を寄せていた。
しかし……今大会初めての事件は、この第三試合で起こるのだ。
「ねぇ、君はルールを知っててこうするの?」
「んん?ルール?あったね、そんなの。でもさ……」
「戦いは、負けたら死ぬんだよ?」
怒りの表情を浮かべ闘技場に立つフィーリア。
彼女と相対するのは――。
世の中には色んなタイプの魔法使いがいますね〜
私はこういう武人みたいな人好きです。そんな人達が杖を握っているのですから、想像するだけで面白いでしょ。




