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黒女の哭音が聞こえる ~拐かしの隠れ里~  作者: 夏風
一章 震災の轟音が奪う人の道 希望と絶望、虐待と搾取

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8 町の技術と人情は絶やさん

 竜作は生活費にも困窮するようになった。彼は生きるため、借金を重ねた。借金は返せず、ポストには、赤い封筒ばかりが溜まるようになっていった。


「おい、いつまで待たせる気や。カネ返さんやったらな、ほんまシャレならんことになるで?家も工場もわれの手ぇからなくなってまうかもやで。男やったら、逃げんと、きっちり話つけろや。ええ加減にせんと、こっちも容赦せんで?」

 竜作は慌ててかつての発注先に電話をかけまくった。しかし、慌てふためいた仕事問い合わせの電話は、逆に彼の信用を落としていった。

 

 仕事は断られ続けた。実績のない若者に仕事を出す余裕など、この町にはもうなかったのである。

 

 川口は顔と腕で仕事が取れていた。竜作は川口を目指した。しかし、筋が良いと褒めた川口はもういなかった。竜作はただの若造に過ぎなかった。

 

 自信満々だった竜作の職人の腕…… しかし竜作程の腕の職人は、この町には掃いて捨てるほどいたのである。竜作の腕を保証する人間は、もう誰もいなくなっていた。


 震災から四年後、創業から三年足らず、竜作は、牛城金属工業の廃業を決断した。復興特需が終わって受注が途絶え、持ちこたえようとした工場も、借金の山に飲み込まれてゆくばかりだった。


 六月の雨の日、しんと静まり返った工場に、油のにおいが重く漂っていた。工場を手放す日が来た。


 瓦礫をかき分けて手に入れた夢は、震災後わずか四年であっけなく失われた。


「すんまへん。頑張ってええ仕事だけはしとったつもりなんやけど…… 復興終わってしもたら、注文、まるっきり来んようになってもて。震災前から世話なっとった取引先も、みんな潰れたり縮小したりで…… 自分ひとりで新しい仕事取りに行くやり方も分からんで……  借金も、返すアテが立たんようなってしまいました。『黙ってても、ええ仕事やっとったら、勝手に仕事は舞い込んでくる』――川口オヤジの口癖やったんですけど…… 俺、腕には自信あったんですわ。でも、仕事の話はどんどんなくなってもて…… すんまへん。もう、どないしてええか、分からんようになってもて……」


 雨の中、出資者は憮然とした顔で、たばこに火をつけた。そして竜作の言い訳を、黙って聞いていた。


 ふー


 出資者の口から煙が吐き出された。彼は失望を隠そうともしなかった。それがますます竜作の心を傷つけた。


 竜作は廃業届を手に、もう一度だけ、油にまみれたフライス盤と旋盤に触れ、その感触を味わった。機械に触れる手は、震えていた。涙が自然とこぼれた。

 

「俺、いったい何のために生きとるんやろ……」

 竜作の呟く声は、電気の消えた暗い工場の闇に吸い込まれ、消えていった。


 ――――


 工場を手放した竜作は、日雇い仕事で食いつないだ。竜作の心に、ぽっかりと空いた穴、虚しさと挫折感は、いつまでも竜作の心を蝕み続けた。


 彼はパチンコと酒におぼれた。


 震災から五年後、竜作は金属加工の仕事に戻った。勤め先は、山田製作所である。


 社長の山田寛治は長田で生まれ育った。昭和・平成を職人として生き抜いてきた叩き上げの町工場社長(おやじ)だった。


 彼は山田製作所を昭和五十年代に設立し、金属加工ひと筋で地域に根を下ろした。故川口のことを、先輩として慕っていた。職人肌の男だった。


 山田は、パチンコと酒におぼれる竜作を見て言った。


「川口オヤジ、泣いとるで?」

 竜作は、その言葉に強く心を突かれ、絶句した。川口オヤジの思い出が、よみがえった。そしてまた、不甲斐ない今の自分を情けなく思った。


 竜作は言い返す言葉を持たなかった。何も言い返せず、ただ目を伏せた。山田はそんな竜作を見ていった。


「明日からうちに来い。ちゃんと働くんやったら、それでええ」

 竜作は返事をしなかった。ただ、魂を抜かれたような目をして、呆然と山田を見ていた。山田はそれ以上何も言わず、竜作に背を向けて去っていった。


 翌朝、竜作は山田製作所に向かった。


「……お願いします」

 竜作は頭を下げた。


「削ってみろ」

 山田は竜作に肉厚の鋳鉄パイプ(ダクタイル鋳鉄管)と図面を渡し、顎で旋盤をしゃくった。竜作は旋盤に向かい、ノギスとマイクロメーターで、寸法を確認しながら丁寧に削った。山田は竜作の仕事ぶりをじっと見ていた。

 

 竜作の切削加工が終わった。竜作は機械から鋳鉄管を取り外すと、大事そうに手に取った。そして山田の方を向き、削った成果物を差し出した。


「お願いします」

 山田は差し出された鋳鉄管を受け取った。彼はマイクロメーターで丁寧に寸法を測った。続いてプラグゲージで穴径を判定した。さらに三点マイクロで精密に寸法を測った。


 最後に手で成果物を撫で、手の感触で確かめた。そしてにこりともせず、うなづいた。


 山田は、加工前のダクタイル鋳鉄管が積み込まれたワイヤーボックスを、顎でしゃくった。


「やっとけ」

 そう言って踵を返し、去っていった。


 ――――

 

 山田は飾り気なく強面だが、仕事には誠実で頑固だった。彼は震災を経験し、仲間や職人が消えていくのを、いつも悔しそうにしていた。


「地震なんぞに負けん。町の技術と人情は絶やさん」

 酒を飲むと山田はよく、そうつぶやいた。彼は強い決意を持ち、地域で職につけていない職人や苦労人を、積極的に雇った。


 山田自身、何度も挫折を味わっていた。竜作が酒におぼれる気持ちは痛いほどわかった。

 

 竜作の暗い表情や酒癖は、黙って容認した。しかし、仕事ぶりには厳しく目を光らせた。


 竜作は、酒とパチンコに逃げる日々を続けながらも、


(川口オヤジが泣くような仕事だけは、絶対せん)

 そう心に誓い、黙々と金属を削り続けた。山田はその姿を、静かに見守っていた。ほどなく山田は、竜作を一人前の職人として扱うようになった。黙々と働く竜作を、山田は重宝するようになった。

 

 竜作はもう、自分で工場を持とうとは、思わなくなっていた。稼いだ金は、パチンコと酒に消えていった。

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