53 黒女の慟哭
ゲテ…… ニ……ゲテ…… ルララララ
雅は目を覚ました。いつしか周りから男たちはいなくなっていた。黒いご神体が鍾乳洞の奥、岩棚の上に安置されていた。
声は…… ご神体の奥から聞こえてきていた。
「あ、あなたは闇神さまですか?お話をすることができるのですか」
ア タイハ…… トラワレタ…… ルララララ
ア…… ワジ…… ヤ……ミサ……カ……
雅は黒いご神体を見た。闇が触手のごとく蠢いていた。それはまるで人の姿のように見えた。いや、闇が人を覆っているように見えた。怪異に、黒女に…… 見えた……
黒女は巫女を依り代とした黒きご神体――邪気だった。
南淡路海辺の村、海中に沈んだ白石村の対となる村が山中にあった。その村――闇坂村では古から黒き邪気が奉られていた。
安土桃山時代、とある巫女が闇の儀式の贄にされ、邪気にとらわれた。使い魔の妖が巫女を救出に来た。しかし、あと一歩のところで邪気は巫女を抱えたまま逃走し、海を渡って紀伊に逃れた。
それ以来、巫女は邪気にむりやり生かされ続けた。そして今、黒女――黒き邪神として祀られている。
「京子!雅先輩!」
洞窟に椛乃の声が響いた。
ニ ゲテ…… ルラ……
黒女から哀しげな、慟哭のような声が響いた。しかし…… その声に反するように、黒女の身体は脈動し、盛り上がっていった。
盛り上がった黒き塊は、突然本体から勢いよく伸びはじめた。勢いよく放たれた暗黒触手は五本、猛烈な勢いで椛乃に迫る。
「む」
ヒュン
椛乃は右半身になりながら抜刀した。抜刀からの左逆袈裟斬りで暗黒触手の一本が斬り裂かれた。
ブワッ
斬り裂かれた触手は、そのまま黒塵となって宙に溶けた。
椛乃は斬り上げた勢いのまま上体をそらした。そらしながら右上で腕を返し、袈裟斬りに刃閃をきらめかせた。
ヒュン
二本の暗黒触手が同時に斬り裂かれ、黒塵と消えた。三本の触手が瞬時に斬り裂かれた。椛乃に向かう触手、残二本。
「ん」
椛乃は上体をそらした勢いのまま、地面で両足を蹴って宙に飛んだ。そして二本の迫りくる暗黒触手を避けるように、とんぼ返りを行った。
「ん」
タッ
着地した椛乃は、地面を蹴って前方に突進した。
ヒュン ヒュン
椛乃の刃閃が二度、左右にきらめいた。袈裟斬り、そして逆一文字斬りの刃閃だった。
ブワッ
椛乃に迫っていた残り二本の暗黒触手が霊刀、邪斬・来国光によって斬り払われ、霊刀の剣気によって浄化され、黒霧になって宙に消えた。
「あああああぁ!」
ダッ
椛乃はさらに来国光を右腰に構え、突進した。黒き本体に向かって。黒女に向かって。
椛乃は黒女を存分に貫き、浄化するつもりだった。
ヤット…… シネ……ル ルララララ
しかし……
「まって!」
雅が大きな声をあげた。椛乃はその声に、動きを一瞬とめた。その瞬間である。
ゴゴゴゴゴゴ
アアアアア ルラララ
暗黒粘体が蠢き、溶けるように地中に消え去ってしまった。椛乃が叫んだ。
「なぜ?」
「あの女の人、ずっと囚われたままなの……」
「だからこそ!祓ってあげないと!」
雅が哀し気に椛乃に目を向けた。椛乃は唇をかみしめ、黒き邪気が消えた岩棚を見つめ続けていた……
――――
「あれから、何年もたったんやなぁ」
雅が流れていく雛流しの舟を見ながらつぶやいた。椛乃に助けられ、雅と京子は保護された。
「器…… 女性を攫っては、外の血と交わり、血を繋ぎ、村を残してきたんやな……」
消えた我が子は戻ってこなかった。雅と京子に失意と無念の日々が続いた。そんな二人を支えてくれたのが仲間たちだった。
「結局、あの後、私らは危ない目ぇ合わんかった。あの黒い女の人も、うちらに敵意なんか持ってへんかった…… こないして、これからもあの村は、世間から切り離されたまんま、ずっと残っていくんかもしれへんなぁ。あの村のモンは、あの村へ還っていく。せやけど…… あの子は、どうか笑うて生きててほしい」
雅は流れていく雛舟を見つめ、手を合わせて深く頭を下げた。
「雅!」
「みんな!」
和高女院、伝承研の仲間たちだった。四人の女性が微笑みながら雅を見ていた。
「来てくれたんや」
「毎年のことやからな」
「そやな」
みんなは夕日の中、柔らかく見つめ合った。三月の風は柔らかく、五人を包み込んでいた。




