52 伝承研での事情聴衆
その日の午後、椛乃、遥、静の三人は、和高女院本館二階、伝承会部室で向き合っていた。カーテン越しの日差しが柔らかく三人を照らしていた。遥と静は机の上で指を絡ませたり、うつむいたまま、時折目を合わせたりしていた。
ほんの数日前、五名で胸ときめかせ、目を輝かせながら、裏高野の隠れ里探検について語らっていた。それが続けざまに、二名が行方不明になったのである。
一昨日、椛乃の同級生で親友の京子が清水町の山あいに消えた。そしてその翌日、つまり昨日、尊敬し、敬愛する部長の雅が戸津井洞窟前で消えた。椛乃はどうしても納得できなかった。何かがおかしい。けれど、まさか日常生活にあのことが関係してるとはとても思えなかった。
沈黙が続いた。お互いの呼吸音だけが部屋に小さく響いた。ひとつ何かを言えば、みんな崩れてしまいそうだった。誰もが最初の言葉を探していた。椛乃は考えた。先輩方が話し出せないなら、自分から先輩方の話を聞こうと。そして口火を切った。いきおい探偵気分になり、口調まで探偵小説に感化されていた。
「先輩方、ボクもおなじ部員として、また京子の親友として、詳しい話を聞きたい。話してもらっていいだろうか?」
おとなしそうな外見だが、意外に行動力があり、内向的だが鋭い観察力を持つ、好奇心旺盛・行動するオタク女子、遙が椛乃の質問に答えた。
「そうやな。なにから話そか。ちょっと頭こんがらがってるさけ、順を追うて説明するな」
「はい」
「あの朝、椛乃と東和歌山駅で分かれたやん」
「はい」
「あの後、汽車とバスで清水町にいったんよ」
「はい」
話が進み気持ちがほぐれたのか、陽気で世話好き、好奇心旺盛ながら、地に足のついたまとめ役の静も話に加わってきた。
静「思い返したらな、おかしなこと、ようけあったわ」
椛乃「といいますと?」
静「まずな、改札で駅員が久継闇原村の名前を聞いた途端、雰囲気変わったんよ」
椛乃「それは明らかに怪しいですね」
静「それからな。バスの中で久継闇原村の話してたら、いきなり男の人に話しかけられたんよ」
椛乃「どんな風に話しかけられましたか?」
静「「やめといたほうがええんちゃう?道に迷うたら遭難してまうで」って」
椛乃「明らかに警告ですね……」
遥「今思たらな」
遥は、唇を噛んでうつむいた。しばらくそうしていたが、はっと思い出したように顔を上げた。
遥「それとな!バス降りても見られてるっちゅう視線、ばんばん感じたんよ!」
椛乃「じろじろ見られてましたか」
遥「いや、それがな、振り返っても誰もおらんねん」
椛乃「誰もいないのに視線は感じるんですね」
静「そやねん」
遥「それからな、役場でおばさんに久継闇原村のこと探してます言うたんよ」
椛乃「はい」
遥「そしたらな、村の名前言うたとたん、ざわざわしていた役場の中がすっと静かになったんよ」
椛乃「それ、明らかにみんな知ってますよね」
静「そやねん。でもな、警察の捜査では、みんな知らんぷりやねん」
椛乃「なるほど。ところでまず事故のこと聞いていいですか?」
遥「事故やない!襲撃やねん!」
椛乃「はい。その襲撃のことを」
遥「役場出た時に京子が、騒ぎ出したんよ」
椛乃「騒いだ?」
遥「誰かが「器とか狩りとか、今の器とか言うてる」って」
椛乃「なるほど?」
静「でもその時、私らには、なんも聞こえんかったんよ」
椛乃「はい」
静「そやから、気のせいやって、笑い飛ばしてもたんよ…… あのとき、京子のこともっとちゃんと聞いとけば……」
椛乃「そうかもしれません。でも未来のことは、誰にもわかりませんから」
静「そやね。あの時は、探検のことしか頭になかったんや」
椛乃「伝承研部員なら、普通です」
静「そやねんけどな」
遥「でもな、今思たらおかしなこともあってん」
椛乃「おかしな?」
遥「そやねん。山道の奥の杉林が風に揺れて、景色が二重にダブって見えた気がしたんよ」
椛乃「なるほど……」
遥と静の話を聞いていた椛乃が、何かに思い当たり、来国光に念話で話しかけた。
『邪斬君、まさかのまさかが出たね』
『じゃのう。まさかの大当たりじゃ』
『もう少し話を聞くよ?』
『うむ』
邪斬・来国光、意志を持つ霊刀である。一三三〇~一三三五年頃(鎌倉末期~南北朝)、刀匠来国光は神託を受けた。刀匠来国光は神託に従い、寝食を忘れて刀を打ち、天土に奉納した。不思議なことに打たれた刀には意志が宿った。邪斬・来国光はそれ以降、多くの巫女とつながりを持ち、邪気退治を行ってきたのである。そして今のパートナーが椛乃だった。
(まさかと思ったことが、起きているのかもしれない。先輩方はどうしても納得できていない。けれど、証拠はどこにもなく、いら立っている。だけどボクにはわかる。まさにあれ、そのものだ)
普通の女の子らしい生活と、ナニカに触れた者だけが知る世界のハザマで、椛乃はひしひしとナニカを感じていた。
翌日、椛乃は来国光を携え、戸津井鍾乳洞に向かった……




