48 祖母の声 徐福伝説と隠れ里 禁忌の決意
雅はベッドから起き上がり、そっと扉を開き、一階の奥座敷、祖母の津村たきの部屋に向かった。
「おばあちゃん、ちょっとええ?」
「おや雅やないか、どうしたんよ?」
「聞いた?」
「ほんまに、えらいことなってしもたなぁ」
「そなんよ。そやのに、みんな、ぜんぜん信じてくれへんのよ。おばあちゃんだけは、信じてくれるやんな?」
「みんなの対応は、しゃあないわな。久継闇原の話ゆうたかて、ちょっと現実離れしとるさけ、ふつうは信じんやろなぁ」
「おばあちゃんはなんでそんな話しっとるの?」
「うちは有田川の方から嫁いできたんや。うちの家は、あのあたりでも、ちょっとした主筋でな。うちのおばあちゃんに、里の伝承とか闇神さまの話、子どもの頃よう聞かされたわ」
「もっぺん聞かせてもらっていい?」
孫の問いかけに、たきはにっこりと笑って話し始めた。
「雅や、ええか、これな、うちが子どものころ、ばあ様からよう聞かされとった話やけどな…… 昔な、中国から来た徐福はんの一行てのがおってな、山の民、漂泊の民いうて紀州の山ん中、ぐるぐる移り住んどったんやて。不老不死の薬、探しとったんやてな。そん人ら、ええ薬作ったり、皿や鉄ん鍋作ったり、いろいろ教えてくれた人らや。役行者さんも、空海さんも世話になった、て話や。そん中の何人かが、清水の山奥入って、そのまま根付いたっちゅう話やな。ほんでな、平家さんが負けて逃げてきた時分、このへんの里のもんらが落人を匿うて、一緒に住んだとも言われとる。後には後醍醐天皇さんや楠木正成はんも、世話になったっちゅうてな。そいから安土桃山の終いごろ、淡路から淡嶋さんの道すじ通って、戸津井鍾乳洞に黒いご神体があらわれた、て言うんや。そのあたり疫病流行ってえらいこっちゃったそうな。ほやけどな、淡路の闇坂村から嫁いできた女の人がおって、そん人がみょうな儀式やったところ、疫病がぴたっと治まったて言うわ。それからなんや、新月の夜ごとに、山から村ん衆が降りてきて、不思議な儀式するんやと。ずっと続いとる言い伝えや。徳川のお殿様の時も、山のもんがようお世話したんやてな。家康さんが堺から三河へ逃げる時、紀州の山ん中抜けたらしいし、山窩のもんが根来や伊賀にもおって、助けたそうや。そんずっと後、紀州のお殿様の四男さんて人が山好きで、小さい時からよー山で遊びよった。ほんで気付いたら四男さんやのに家継ぐて、将軍さん、尾張さん、水戸さんおったのに、あれよあれよと将軍になりはったんや。その人も、よう久継闇原村に出入りしとったて、昔は村の秘密守ってたんやと。ほでもな、その村探そうとした人、昔から引き返されんようになって、何人も行方知れんようになったて言うわ。今も村の話は口伝えだけや。村の名前も絶対言うたらあかんかった。昔から、何代にもわたってそう聞かされとった。あかんとこには絶対関わったらあかん。ほんまのことやで。ほしてな不思議なことに、この話はおばあちゃんから孫娘にだけしか、言うたらあかんいわれた」
たきは一旦そこで話を切ったが、心配そうに雅を見ると、言いにくそうに震わせていた唇を開き、言葉を付け加えた。
「ほんでな…… 前は言わんかったんやけどな、娘っ子が神隠しに会うんや…… ときどきな…… ほんでなあ、その儀式のときはなぁ、なんや歌みたいなんと、悲鳴みたいなんが聞こえてくるんやて。そやから雅はもう忘れとき。お友達のことも、村のことも、もう二度と触れたらあかんのやで……」
たきが話を終えた。お茶を一口すすった彼女は、話し疲れたのか、そのまま寝息を立て始めた。雅はそっと襖を空けて部屋を出た。両親に気づかれないよう自室に戻ると、枕を抱えて考え込みはじめた。彼女は祖母の話からある確信を得ていた。
(やっぱり京子、攫われてしもたんや。久継闇原村なんか探しに行ったらあかんかったんや。ほんま、隠れ里なめたらあかんかった…… そやけど忘れられるわけないやん…… だって京子……)
雅は苦悩するように目を固くつぶり、きつく眉毛を寄せた。そして、
(あかん、うちが気弱になってどないすんねん。うちしか京子助けられへんのや。戸津井鍾乳洞や!新しい贄が手に入ったんや。絶対儀式するわ!次の新月、いつや…… 明日やん!絶対いかんと!京子、まっとき!)




