46 とどかぬ声 消された事件 信じぬ大人たち
雅「ほんまなんよ。私ら、嘘ついてへん」
三浦「そないゆうたかて、泥まみれで傷だらけやろが。足すべらして、みんなそろて谷底にまくれたんや。女の子ひとりは流されてしもて、どこにもおらんようなったんや。そういうこっちゃな?」
静「違うて!なんべん言うたらわかってくれるん?アマッポの矢が飛んできたんや。ほんで男の人らに、追い回されたんよ。そしたら、くくり罠に京子が捕まって、私ら谷に落ちてしもたんや」
三浦「そない言われてもなぁ。こっちも捜索隊、出しとるんやわ。でも君らの言いよる看板も、アマッポの跡も、矢が刺さった木ぃも、くくり罠の痕跡も、なんも無かったんやで。君らの足跡と、滑り落ちた跡だけは残っとったんやけどな」
雅は下を向いて唇を噛んだ。確かにそのとおりなのだ。罠の跡や、男たちの痕跡、看板の跡などを、三人は一生懸命探した。それが京子を探す手がかりだったからである。しかし三浦の言うとおり、それらの痕跡は一切見つからなかったのである。
村田(巡査)「状況、もう一回、しっかり話してくれるか?」
雅「ほんまやって!私ら、アマッポの矢が飛んできて、男の人に追いかけられて、京子はくくり罠に捕まってん。うちら、あわてて助けようとしたけど谷に落ちてしもたんよ」
静「あの男の人ら、怖かった…… 看板も、絶対あったんや……」
三浦「せやけど、巡査さん、わしらも捜索はしたんやけどなあ。あの子らの言う看板もアマッポの跡も、そないなもん、どこにもあらへんかったんよ。足跡と滑った跡だけや」
村田「ほんで、その男いうんは、どないな格好しとったんや?ほかになんか、気ぃついたことあるか?」
遥「ナタ持ってて、目ぇぎらぎらしてた。変な感じの人やった…… でも、すぐ姿見えんようなってもて……」
三浦「谷んとこも見たけど、くくり罠のロープもなんも残っとらんかったわ。もしこの子らの言うことがほんまやとして、ほしたら不思議なほど、痕跡がきれいさっぱり消されてもとったわ」
村田「わかった。もう少し周辺も捜すけんど、もしなんか思い出したことあったら、また教えてな。こっちも気ぃつけて動くさけ」
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雅は有田湯浅警察署清水駐在所の署員、村田誠一との会話を思い出していた。駐在員の村田も、町役場の三浦も、雅たちの話を全く信じてくれなかった。
村田はこう考えていた。
(つまり真実はこういうことやな。四人の娘っ子は、山で探索中に獣道に入り込んで、一人が不注意で足を滑らせた。ほんで全員巻き込まれて沢に転落した。そんとき女の子のひとりが不幸にして川に流された。残された娘っ子三人はパニックから記憶に隠れ里妄想と現実が混濁してしもた。ありもせん村人らの襲撃で友達が連れ去られたと信じ込んでしもた。この子ら、思い込み強そうやし、こんくらいの娘っ子は、現実と妄想がごっちゃになるんは、ようあることやしな……)
村田は、今日の言葉に直すと、厨二病による集団ヒステリーだと断定したのである。彼は状況確認後、すぐに有田湯浅警察署の生活安全・刑事課あてに報告を入れた。
「こちら清水駐在所の村田です。昭和三十年二月×日午後二時ごろ、町内山間部にて、和歌山県立和歌山高等女子学院の女子生徒四名が部活で隠れ里探索中に谷方向へ転落、うち一名が行方不明になりました。現場の状況は次の通りです。残る三名からの聴取によれば、「獣道で何者かの襲撃を受けた」「アマッポやくくり罠があった」「村人の姿を見た」などの証言があるが、現地には痕跡は発見できず。実際の現場確認では、転落の足跡と滑落痕のみ判明、罠や看板の実物・証拠は見当たらず。これらは町役場農林係の三浦とも現場確認済みで、同意見あり。現時点では遭難・失踪として、引き続き現場周辺を捜索中。追加の応援や特別な捜査の要否について、ご指示願います」
和歌山県警有田警察署・生活安全刑事課巡査部長の寺田拓昭が返答した。
「了解。事故による可能性が高く、また川に流されたのであれば、人命優先で対応せよ。捜索は有田川本流にも広げろ。本署からも応援を出す。また現場状況をさらに詳しく調査せよ。消防・地元有志への協力連絡もし、状況が急変したら即再報告せよ」
こうして捜索は有田川支流から本流にまで広げられて行われた。雅、遥、静の三人は、事情聴取が終わると、清水駐在所で休ませられた。その後、有田警察署から寺田拓昭巡査部長と岡本伸也巡査がパトカーでやってきた。
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寺田「大変やったな。署まで移るさけ、しんどいかもしれんけどもう少しがんばり?」
遥「すみません、なんか…… みんなに迷惑かけてもうて……」
寺田「こんな時は誰かて不安なもんや。まず安全第一やからな。署で休んだら、おうちの人が迎えに来るで」
雅「あの…… ホントなんです…… ホントに襲撃を受けて……」
寺田「わかっとる。ちゃんと捜査するさけな。今はまずはお友達の捜索や」
静「川やないんです…… 山です…… 連れ去られたんです」
寺田「現場の話は全部記録して調べるさけ、今は無理せんと休みよ。川だけやない、大丈夫や。証言も全部調べるからな」
岡本「気ぃ悪なったらいつでも言うてや。すぐ止まるからな」
しかし、寺田は心の中でこう思っていた。
(すっかり隠れ里の妄想を信じ込んでしもて。まあ、あんな事故のあとや。混乱するのも仕方ないわ。今はこの子らに逆らわんと捜索を広げていかんとな)
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三人の少女たちは有田署に到着し、控室まで婦警の林佐智子巡査に付き添われた。そこで毛布を渡され、温かいお茶が少女たちに出された。
静「……京子、ぜったい連れ去られたのに、なんで誰も信じてくれへんのやろ」
雅「静、大丈夫やて。うちら見たこと、ちゃんと言うたし、警察も捜索してくれるから」
遥「そやけど、川なんか捜索しても時間の無駄や……」
静「……京子、怖がっとるやろな。なんとか探さんと……」
林「みんな、あったまりや。大丈夫やからね。ちゃんとみんなで一生懸命、探してるからね」
雅「ありがとうございます…… でも、みんな信じてくれへんねん」
林「話、全部記録してるさけな。何か思い出したらいつでも言うて」
遥「……みんな揃って帰りたい。京子がいなくなるなんて、絶対いやや」
静「川やのうて、山を探してください…… あの看板、ほんまなんです。絶対あったんです……」
ほどなく和高女院の教員と、保護者らが署を訪れた。保護者らは三人の無事を確認し、安堵した。そして少女たちは家族の車でそれぞれの家に帰っていった。
大人たちは彼女たちに逆らわなかった。意見を肯定的に聞いていた。しかし、彼女たちの意見を信じる大人は、誰一人としていなかったのである……
探索は、有田川支流の上流から有田川本流に広げられた。山中への探索はなおざりにされたまま……




