44 微かな声と迂闊な踏み込み 闇の隠れ里伝説
「器が来よったなあ。生きのええのが四つもおるで」
「ほれは闇神さんにお礼とお供えしとかなあかんなあ」
「久しぶりの狩りやのう」
「今の器はどうなっとるんや」
「まだ使えるには使えるけど、気ぃおかしなってしもて興ざめや」
「ほな、新しいん要るわなあ」
「え?」
一年生の京子がおかしな話し声に振り返った。確かに彼女には聞こえた。「器」「狩り」「今の器」。それが何のことを意味するのかは分からなかった。しかしそれらの言葉から、自分たちが「数えられている側」だと直感した。
ゾクリ
京子は本能的に恐怖し、震える声でみんなに声をかけた。
「へ、変な声、聞こえやんかった?」
「変な声って?」
「器とか狩りとか、今の器とか言うてたように聞こえたんやけど」
「なにそれ。ははは」
「気のせいやて。ほら、誰もいいへんで?」
静が辺りを見回しながら声をかけた。しかし……
ゆらり
山道の奥の杉林が風に揺れ、二重にダブって見えた気がした。
(何?怖っ。で、でも…… 上級生としてビビってる姿は、下級生に見せられへんわ)
「大丈夫。私らがついとるし。な、雅、遙」
静が二人を振り返って言った。
「そやな。ありもせん幻にびびるんて、怪談のいっちゃん典型的な形や」
雅が冷静に分析した。
「いや、むしろその不思議な声こそ、解き明かさなあかん謎ちゃう?」
遥がワクワクしながら答えた。
そんな四人の女学生らの話を聞きつつ、三浦はため息をついた。
(あかん…… あの子ら、ぜんぜん分かっとらん。なんも起こらんかったらええんやけど)
――――
「狩りや、狩りや」
「どないして狩る?」
「案内板で誘導するんが基本やろ」
「せやな。その先に罠しかけとこか」
男たちの話し声がした。今回もその声が京子に聞こえていたなら…… 何かが違ったろうか……
――――
風に溶けた微かな声が聞こえていた。
ルララララ ルララララ
コポ、コポコポコポ
ザザァ
コポ、コポコポコポ
ザザァ
ズルッ ズルッ
ルララララ
ダメ ニゲテ…… コナイデ……
アタイ……
「え?」
京子が振り返った。しかし、もう彼女の耳には、風の吹く音以外、何も聞こえなくなっていた。
――――
「ほんま鬱蒼とした山ん中やな。隠れ里伝承も納得やわ」
「高野山の裏側んとこって、「裏高野」て呼ぶくらいやしな。昔から、人が隠れよう思たら、ちょうどええ場所やったんかもな」
「戦乱の時、こういうとこに落ちのびた人おったんやろか」
「おったんちゃう? 落人とか、追われたお侍さんとか。村の人に匿うてもろて、いつのまにか「そっちの村の人」になってまうんよ」
「そっちの村の人て?」
「血とか苗字とか関係なくてさ、「山ん中で一緒に生き延びた仲間」が家族になる、みたいな?そうやって隠れ里の「村人」が増えてったんかもしれんやん」
「なんやロマンあるなあ。よそもんが迷いこんでも村ん人が黙って受け入れてくれる、みたいな?」
「でもさ、黙って受け入れるいうんは、黙って「外に出さん」いうことでもあるで。隠れ里って、入るんは簡単でも、出るんは難しいんかもしれん」
「怖わ。雅先輩、そういう言い方やめて下さい」
京子が怯えを隠さずに言った。
「はは。ありもせん幻想にびびるんて、怪談の典型やてさっきも言うたやん。……ま、裏高野やし、なんや一つくらい「本物」混じっててもおかしないけどな」
四人の少女たちはワイワイ話しながら、どんどん山の奥深くに入っていった。話に夢中になる彼女らはうっかり見逃していた。いつしかみんなの周りが、霧に覆われているのを……
「そういえば、和歌山の山には、謎の山の民伝説いうんもあるんよ。カストリ誌ではむっちゃ煽った独特の呼び方してるやつ」
「山で暮らして、流浪する独特の山の民ってやつ?」
「まあそうやね。山の中で竹細工や蓑づくり、鉱山掘り、たたら製鉄、薬草狩り、薬づくりとか、いろいろやっとったらしいんやて」
「なんやそれ、徐福伝説と重なるやん」
「そやね。徐福さんやのうても、漂流して和歌山に流れ着いた人らが、大陸の技術を使って山の中で仲間らと生き延びた。そんなこともあるかもね」
「あ、見て見て。なんや標識あるで」
少女が腐りかけた木の支柱に手書きのトタン板の標識を見つけた。標識にはペンキが塗られていた。板はかなり錆びており文字が薄れて読みづらかった。判読困難な箇所もあった。しかしその内容は少女たちの心を浮き立たせた。
『この先 闇反村
村道整備のため 必ず右手道を通行のこと
(赤い矢印が右方向に)
左手旧道は崩落のため危険
関係者以外の進入は固く禁ず
立入者は必ず案内所で手続きをしてください
森林事業・狩猟作業中につき注意
村の規則を守らぬ者は即刻退去 村民会』
「闇反村?久継闇原村やないね」
「でも「闇」は同じやん。もしかしたら別の呼び方なんかも?」
「いやちゃうで。これ、「原」やない?「闇原村」。文字ん中が消えてもて、残っとるとこが「反」に見えよるだけやない?」
「「それや!」」
「当たりやん!」
「大発見や!地図には載ってへん言わはったけど、案内板ちゃんとあるやん」
「ほんまやなあ。みんななんで気ぃつかんかったんやろ」
「うっかりもんばっかりやな。まあ田舎やし、そんなもんかもしれへんわ」
大発見に有頂天になった四人である。彼女らは目をらんらんと輝かせ、大はしゃぎしながら赤い矢印の指す右手の細い獣道に入っていくのだった。
「あいつらアホちゃうんかいな」
「こんなん見え見えの誘導に引っかかるて、ほんまおめでたいわ」
「まあ頭が足らん方が、捕まえたあとの始末が楽やさかい、ええわな」
「そやそや」
浮き立つ少女らに、その声は届かなかった。彼女たちは自分たちの大発見に浮かれ、誇らしげに分かれ道に分け入っていくのだった。
彼女らを包む霧は、じわじわ深くなっていた……




