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黒女の哭音が聞こえる ~拐かしの隠れ里~  作者: 夏風
二部一章 椛乃と伝承会 戦後復興の街から隠れ里へ

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42 裏高野 清水町 不気味な視線

「着いたね!」 

「うん」

「行こっか」 

「うん」

 ホームに降り立った四人は、跨線橋を渡った。入母屋造と切妻造を組み合わせた瓦屋根の古い駅舎には、白熱灯がぶら下がっていた。四人は改札口の人のよさそうな駅員に切符を渡していった。


「はい、どうぞ」 

「お嬢さん方は、どちらまで行かれますん?」

「うふふ。久継闇原村を探しに行くんよ」


 ピキン


 社交的な浦野静が穏やかにそういった瞬間であった。空気が一瞬、張り詰め、駅員の表情が無表情になった。しかし次の瞬間、駅員は人のよさそうな表情に戻り、言葉を発した。


「久継闇原村? うーん、そんなん聞いたことないなぁ」 

「はい。まぼろしの村なんやそうです」

「ははは、まぼろしの村探しに行くってか。ほんま若いなぁ、みんな」 

「うふふ。何かご存じのことないです?」

「いやぁ、全然わからんのやわ。ええ旅にしいや」 

「はい、ありがとうございます」

 四人は駅舎を出た。駅前広場にソテツが並んでいた。砂利敷きの道路には、自転車や荷車が停まっていた。


 彼女らはあたりを見回した。そして砂利道の上に停まっている深緑色のバスを見つけた。鼻先が出っ張ったボンネット型の車体だった。側面に「有田鉄道」との手書き文字があった。

 

 バス停に近づくと、木造のベンチがおかれていた。鉄製ポールの先に丸いバス停標識があり、手書き時刻表が掲示されていた。


「どこ行きのバス乗るん?」 

「長峰山脈の奥、有田川町山間部に行きたいから…… 清水行きやね」

「あっ、ちょうどこの止まっているバスが清水行きやん」 

「ほな、乗ろ」

「うん」

 少女たちは車掌から整理券を受け取り、意気揚々と車内に乗り込んだ。車内には白熱電灯が数個取り付けられていた。中央通路両側にベンチ式シートが設置されていた。四人は二人ずつ左側に座った。


 ブォン


 ディーゼルエンジンの始動音が低く響いた。同時にガタガタと小さな揺れが始まった。


 チン

「発車します」

 車掌がベルを鳴らし、発車を告げた。


 ドドドド……


 ボンネット型バス特有のアイドリング音が徐々に高まった。車内の振動が強まった。


 ガチャ

 ブォォン

 ボッボッボッボッ


 ギアを入れる金属音の後、車内が揺れ、バスが動き始めた。


 チチチチチ

 ケキョケキョ

 ギャーギャー


 窓の外から鳥の声が聞こえた。シジュウカラ、ウグイス、そしてカラスの鳴き声が聞こえた。バスはゆっくりと動き始めた。

 

 藤並から清水行きバスの車窓には、のどかな景色が続いていた。有田川が流れ、河岸段丘に町並みが見えた。段々畑には、みかんの木が植えられていた。道沿いの蔵、鉄道公園、あらぎ島の棚田などが見えた。


「川きれいやなぁ」 

「みかん畑、ほんまに段々やなぁ」

「線路!あれ有田鉄道やろか?」 

「おお、赤い橋が見えよるな」

「なんか、わくわくするわ」 

「このへん、春になったらコスモスとか咲くらしいよ?きれいやって」

「ひと月来るんが早かったか」 

「うふふ。まあええやん」


 左手遠くに見えていた長峰山脈が、どんどん近づいてきた。道はだんだんと、細く曲がりくねってきた。道の両側に、背の高い針葉樹が、うっそうと迫るようになってきた。山の空気がひんやりと感じられ、谷川のせせらぎが時折耳に届いた。


「こんな山道通るんやなぁ」 

「うん、木が多くて鬱蒼としとるわ。なんやちょっと怖い気ぃもしてきたわ」

「でもこういうとこ好きやわ。自然がいっぱいやん」 

「うん、ほんまに。なんか心落ち着く気ぃせぇへん?」


 バスは細い道をゆっくり曲がりながら、高度を上げていった。町の雰囲気はすっかりなくなり、バスは山々にかこまれた静かな世界に入っていった。


「ほんまに久継闇原村、見つかるかもしれへんな」

 好奇心の強い遙がそう言った時であった。


 ピキリ


 車内の空気が一瞬張り詰めた。シンとした空気の中、男が声をかけてきた。


「お嬢さん方、どこ行きはるん?」 

「はい、久継闇原村へ」

「はて、そないな村、聞いたことないで」 

「地図にのっていない、まぼろしの村なんやそうです」

「やめといたほうがええんちゃう?道に迷うたら遭難してまうで」 

「危ない思たら、引き返しますんで」 

「そうしとき」


 バスに乗車して一時間ほどがたった。周囲はどんどん山深くなっていた。谷間に杉や檜がうっそうと入り混じっていた。時折、小さな集落を通り過ぎた。

 

 やがて、道の先に赤屋根の診療所と木造の公民館が見えてきた。山あいの冷えた空気と、谷川のせせらぎが車窓越しに感じられた。道路は細く曲がり、ところどころ苔むした石垣と段々畑が見えた。


「まもなく清水、清水に着きます。お降りの方は、お忘れ物のないようご注意ください」

 車掌が到着のアナウンスを行った。


「もう清水に着くん?」 

「あともうちょいやな、ほんま山ん中やな」

「家、ちっちゃいなぁ」 

「あ、バス停見えてきた。あそこや」


 チャリン


 四人は六十円ほどのバス代を払い、バス停に降りた。

 

「空気きれいやし、冷やりするな」 

「ほんま、山来たって感じするわ」

「なんで清水いうん?」 

「まんまや。昔から村の周りに、綺麗な湧き水がようあったんやと。山は水に困るやろ?豊富な湧き水は、ありがたかったそうや。農業、生活、信仰に欠かせん「恵み」とされて地名になったんやて」


 好奇心いっぱいの遥の問いかけに、事前に資料を集めていた静が答えた。


 ――その瞬間である。


 チリリ


 突然、四人は強い視線を感じた。


「えっ?」

 少女は驚き、あたりを見回した。しかし不自然なほど、少女たちを見ている人はいなかった。


「あれ?気のせいかなぁ。なんや、見られとる気ぃしたんやけど」 

「これが自意識過剰っちゅうやつ?」 

「そうかも……」

「まずは情報集めやな。町役場行こか」 

「図書館とかあるんかな?」

 

 バス停の周りに、砂利道と土の道が伸びていた。正面に集会所や商店があった。すぐ向こうに、白い壁に瓦屋根の町役場が見えた。四人はバス停から町役場まで、まっすぐに歩いて行った。

 

 京子は相変わらず、強い視線を感じる気がした。けれど振り返っても誰も見ていない。そんなことが繰り返された。


 道すがら、彼女らは農家や小さな商店、消防団などを通り過ぎた。京子は農家の窓や商店から人の視線が感じられる気がした。消防団の格納庫からすらも、視線が感じられる気がした。


「やっぱ見られとる気ぃするんよ」

「気のせいやて」

 そう言いながらもみんなの心は、静かに波立っていった。


 やがて四人は町役場の玄関にたどり着いた。「清水町役場」と書かれた木の看板が見えた。小学校と寺院が隣接していた。


 彼女らは和やかに町役場の中に入っていった。静かな、けれど粘りつくような視線が少女たちを追いかけた。

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