↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒女の哭音が聞こえる ~拐かしの隠れ里~  作者: 夏風
二部一章 椛乃と伝承会 戦後復興の街から隠れ里へ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

41/57

41 女の声と浮かれる贄 国鉄紀勢本線藤並駅へ

 音が、風に流れていた。

 とぎれとぎれに、かすかに、

 歌とすすり泣くような女の声が……


————


 ルララララ ルララララ


 コポ、コポコポコポ

 

 ザザァ


 アア、ナミノオトガキコエル……


 女の意識は、夢と現実の境を漂っていた。女の耳に、波の音が聞こえた。女の意識がぼんやりと浮上してきた。女は無意識のうちに心になじんだ戦慄を口ずさんでいた。もしかすると、それが彼女を人につなぎとめているのかもしれなかった。


(気の遠くなるほど、この波の音を聞いてきた…… アタイどうなってるんだ?) 

 数十億の波の音。女はそれを聞き続けていた。覚醒しては途絶える意識、体に絡みつく黒い粘体。幾年ときが過ぎたのか…… 女の混濁した心では、もはやわからなくなっていた……


 うっ


 また粘体が蠢いた。女の身体に寄生し続けている、おぞましき黒い邪気。邪気はじわりじわりと彼女の生気を吸い取り続けていた。


(アタイどうしてたんだっけ…… なんかいい夢みてた気がする…… 何もいいことがなかったはずのアタイなのに……)

 

 

―――――― 

 

 日曜朝八時、津村雅、根来遙、浦野静、植田京子の四名は国鉄東和歌山駅に集合していた。椛乃は同行したかったのだが、泣く泣くあきらめた。日本剣道連盟の二段昇段試験の日と、重なってしまったからである。探索の日程をずらしてもらえばよかったのだが、盛り上がるみんなを見て、言い出せなかったのである。


 その選択がのちに思いもよらぬ結果を招くことになろうとは……


「ごめん!ボク、これから剣道の昇段試験あるんや。ほんま行きたいんやけど…… 土産話、聞かせてな」 

「そっかぁ、残念やけど昇段試験やったら、しゃあないな。うふふ、まかしとき。誰にも負けやんぐらい、おもしろい土産話、書き留めて持って帰ったるわ!」

「うん、ボク、楽しみにしてるよ!」

 残念がる椛乃に、親友の京子が慰めつつ言った。


「いってらっしゃい」 

「「「「おう!」」」」

 剣道用具を担いだ椛乃が、みんなに大きく手を振った。四人は国鉄東和歌山駅の改札に入っていった。椛乃はこれから、和歌山市内の体育館に移動である。午前九時の受付にはまだ時間に余裕があった。


 伝承研の四名は、東和歌山駅のホームから、蒸気機関車のけん引するこげ茶色の客車に乗り込んだ。三等車の車内は木造で、車内には対面のボックスシートが並んでいた。四人は進行方向右側のボックスシートに座った。紀ノ川を見ながら四人で作戦会議を行うのである。

 

 目的地は、国鉄紀勢本線の藤並駅。有田町の主要駅である。東和歌山駅から蒸気機関車で、四十五分ほどの汽車の旅になる。


 ファーン!


 ホームに長く鋭い汽笛が響いた。そして……


 シュッ シュッ シュッ シュッ

 ガッシャン ゴゴゴゴ

 ガタン ゴトン ガタン ゴトン


 車輪が動き出し、汽車がゆっくりと東和歌山のホームを離れていった。白い蒸気がふわりと立ちのぼり、油の匂いと石炭の煙が車内にも入ってきた。遠くで踏切の鐘が鳴っていた。構内の赤帽が帽子を振って見送ってくれた。そして汽車はぐんぐんスピードを上げ、線路を力強く進んでいった。 

 

 ポー


 汽笛が大きく鳴り響いた。かすかにこだまの声が聞こえた。 冬枯れの田んぼの向こうに紀ノ川が光っていた。

 

「見て見て、紀ノ川、キラキラしてきれいやんなぁ!」

 静が車窓から紀ノ川を指さした。

 

「ほんまや、ああやって流れとる川、昔からずっと流れとる。紀ノ川も、これから行く有田川も、いろんな秘密、見てきたんやろなぁ」

 雅が川を見つめながら、つぶやいた。


「今日はいよいよやなあ、久継闇原村、見つかったらええなぁ」

 遙は地図を膝の上に広げながら、ワクワクしていた。

 

「おばあさまの話やと、霧の日にしか現れん村なんでしょ?ほんまに見つかるんかなぁ」 

 京子が目を輝かせながらも不安げに言った。雅はみんなの顔を見回し、ふっと微笑んだ。


「見つかるかどうかはわからん。いや、見つからん可能性の方が高いやろ。でもな、郷土伝承は、こうやって自分の足で確かめるんが大事やと思うねん。誰かの話やなく、うちらの目で見て、聞いて、村の秘密に迫るんや!」


 ポーー


 雅の話に呼応するように、汽笛の音が大きく長く響いた。車窓越しに青い空と太陽を反射して輝く紀ノ川が見えた。四人の心に、期待と冒険心が大きくふくらんでいった。


「藤並で降りたら、バスで山あいまで行くやろ?」

「うん、そっからは地元の人に聞いたりして、山道を歩いて手がかりを探そかな……」

「なんか探偵みたいやなあ。もし村が見つからんでも、それはそれで楽しそうや」

「そんなぁ、絶対何か見つけようよ!」 

「「「「おう!」」」」 

 ボックスシートの上で、四人の手が重ねられた。少女たちの目は、キラキラと輝いていた。


 汽車は、のどかな川べりを走って行った。紀伊の風、蒸気の匂い。まだ寒さを感じさせる中、春が訪れつつあった。


 シュッ シュッ シュッ シュッ

 パシューッ キキィ

 ガッシャン

 ガタンゴトン ガタンゴトン

 ガタン…… ゴトン…… 

 ポーン ガタン


「藤並です、お降りの方どうぞ」

 ホームで駅員が到着の案内を行った。


 四人は、朝日を浴びながらホームに降り立った。少女たちの冒険が始まろうとしていた。それは…… 贄の道……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。