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黒女の哭音が聞こえる ~拐かしの隠れ里~  作者: 夏風
二部一章 椛乃と伝承会 戦後復興の街から隠れ里へ

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40 紀伊郷土伝承研究会 おませな少女たち

「和歌山言うたら、やっぱり徐福伝説やろなぁ」

「そやなぁ」

「でも、この辺やったら、醤油作りの発祥ちゃう?」

「せやせや」

 

「裏高野と弘法大師さんの伝説、どやろ?」

「ロマンあるやん」

 少女たちのにぎやかな声が廊下まで響いていた。その声は本館二階廊下奥の小部屋から聞こえていた。その部屋の窓際には小さな棚がおかれ、地元の神話、伝承、そして古本屋で買われた古びたカストリ雑誌『怪奇雑誌』『猟奇』『妖奇』『奇譚クラブ』『探偵実話』などが並んでいた。誰が買ったのか「猟奇実話特集」「残酷怪奇号」「残酷なる殺人」「愛憎の果てに」「悩ましい夜の帳」などもあった。


 部屋中央には机が六台、向かい合わせに並べられていた。そこに座って夢中で話しこむ少女たち…… 窓から校庭と和歌山の町並みが見えた。遠くに紀ノ川が流れていた。そのへやの部屋の外に、かかげられた看板……


『紀伊郷土伝承研究会』

 紀伊郷土伝承研究会――略称「伝承会」、和歌山県の神話、伝説、伝承、歴史などを研究する文化部である。図書室が部室のすぐ近くにあり、地元資料や民話集を探すのに便利だった。


 ここに集ううら若き文系女子はいまでいうオタク・萌え成分持ちであり、大人の世界、猟奇的なものに顔を赤らませて背伸びするおませさんたちだった。伝承会の内実は、今でいう「オカルト研究会」「ミステリー研究会」「怪異研究会」「都市伝説研究会」である。


 現在部室に集う女子は五名、二年生が三名。部長の津村 (みやび)(つむら みやび)、根来遙(ねごろはるか)、浦野静。一年生が雛川椛乃と植田京子の二名だった。穏やかだが熱を帯びた声が響いた。

 

「どうせやったら、その三つが混ざった伝承とかないん?」

 声の主は議論好きの遥である。根来遙、身長一五一cm、体重四十五kg、おとなしそうな外見どおり、穏やかな口調をしている。しかし中身は大いにオタク要素満載であり、怪談話が大好きである。現地主義で伝承地の実地探索を好む。内向的だが鋭い観察力を持つ、行動するオタク女子なのである。


「どやろ。徐福伝説いうたら、中国の秦の時代、始皇帝に「不老長寿の薬探しに、東の海渡って来い」って言われて、和歌山まで渡ってきた話やろ?それ、新宮とか熊野なんよ」 

 声の主は歴史に詳しい雅である。部長の津村雅、身長百五十三cm、体重四十七kg、きりっとした目元の美少女。面倒見のよい姉御肌の性格と、その宝塚的美貌が相まって、みんなから慕われていた。歴史好きで郷土資料集めが趣味の、抜かりないしっかり者である。


「場所が違うんや」 

「うん。あ、でもね、徐福一行が熊野に流れ着いて、稲作や医術、いろんな技を里の人に伝えたいう伝説も残っとるんや。新宮には徐福さんの墓もあるし、地元じゃ医薬の祖神やいうて祀られてとるし」

 

「でも熊野やんか」

「そやけど、人は移動するもんやで?」

「そらそうやけどなぁ」 

「神武天皇の話知っとるやろ?人は移動するんよ?」 


「そやけどさ」 

「神武天皇の伝説ほんまに知っとる?」

「大事なことやから二度言いましたってか。話飛ぶなぁ」 

「神武天皇は最初大阪から攻めて失敗したんや。ほんで太平洋回って熊野に上陸したんや」 

「へえー、そなんや」


「そっから八咫烏が案内して土蜘蛛を退治して、ほんで奈良の葛城・宇陀までたどり着くんや」 

「はあ、それで?」

「それと同じでな、徐福一行も熊野から裏高野辺りまで移動したいう話、聞いたことあるんよ」 

「なんやて!それほんまやったら、面白いやん!」

 静が興味深そうに言った。浦野静、身長百五十四cm、体重四十八kg、陽気な性格で世話好きである。学校行事にも積極的に参加し、みんなに推されて学級委員をやっている。伝承会では、発散しがちな話題をまとめる、貴重な役割である。好奇心旺盛で、地に足のついた性格なのである。


 一年生の二人は、白熱する先輩方の議論に、ただただ相槌を打っていた。しかし京子の目は、らんらんと輝いていた。


 植田京子、身長百四十九cm、体重四十三kg、小柄で物静かな本好き少女である。一年生同士、椛乃と仲が良い。彼女は人一倍慎重だが、芯が強く、好奇心旺盛である。記録ノートや資料整理が得意で、今も先輩方の話を一生懸命、ノートに書き溜めていた。


「裏高野って高野山の裏やんね?そっちにも徐福さんの足跡あるんやって?」 

「そうなんよ。熊野から山伝いに北の奥へ行ってな、不思議な村に消えたってゆう言い伝えがあんねん。この道な、修験者とか山伏もたどった「隠れ道」やで」

「へぇ…… それ、本気で調べたら何かわかるんちゃう?」

 議論好きの遥が言った。好奇心旺盛な静と京子も目を輝かせていた。歴史や伝承に詳しい雅が続けていった。


「それでな、裏高野には地図に載ってない村があるらしいんや」 

「「「なんやて!?」」」

 

「うちのばあちゃんが、こないなこと言うてたんよ。『裏高野の暗ーい山の奥で、真っ黒い神さんを奉ってる村があるんよ。その村、久継闇原(くつぎやみはら)村いうんや。霧の深い日にしかたどり着けんそうや。ワシはそれをばあちゃんから聞いた。そのばあちゃんも、そのまたばあちゃんから聞いた話や。新月の暗闇の夜、村ん衆が山から降りてきて、戸津井鍾乳洞の最奥、黒いご神体に怪しげな供物をささげるんや』……やと」


 雅の話に、みんなの目は好奇心でいっぱいに輝いていた。

 

「その久継闇原村の場所、地図で探したんやけど、ほんまにのってなかったわ。戸津井鍾乳洞は、普通に地図にあるけどな」 

「隠れ里伝説やなぁ…… 面白そうやん。夢のある話やわ」

「熊野から不老不死の妙薬探してずーっと深い山ん中を西に進んだんや。ほんでようやくたどり着いたんが裏高野。そこで黒い神様を祭ってるって……絶対なんかあるで。私らも久継闇原村への道、今度の日曜、歩いてみいへん?」

 怪談話が大好きで、伝承地の現地探訪を好む、行動力のあるオタク女子、遥が言った。


 ぶんぶん


 静と京子が目を輝かせて首を縦に大きく振り続けていた。

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