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黒女の哭音が聞こえる ~拐かしの隠れ里~  作者: 夏風
幕間

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35/51

35 血に狂い咲きし百日紅 【幕間】


『玲奈殿、少し良いか?』 

「んだ?」


 剣奈二年も夏になっていた。夏の夜風が涼しかった。玲奈は杖をつきながら縁側まで歩き、蚊取り線香をつけた。庭の百日紅の花が揺れていた。


 昼間は薄紅く、艶やかな色で揺れていた百日紅。今は灯籠の明かりのもと、濃い紅色の花弁を揺らしていた。深い紅、それは血の色のようだった。花は明かりに逆らうように、夜の闇に沈むように見えた。それでいて、姿をひそめてこちらをうかがっているようでもあった。


 チリン

 

 微かな風が通り抜けた。南部鉄の風鈴の音が、涼やかな音を立てた。深い紅の細かな花弁が揺れた。


『剣奈たちには言えなんだがの、ワシはお主と会うたことがある』

「ああ……」


『やはり…… あの時の怪異、黒女はお主じゃったか……』 

「そう…… そしてアタイが喰ろうたのは、あの時だけじゃない。何百年かけて、何十人、何百人……」


『そうじゃったか。お主、ずっと意識があったのじゃな』

「ああ……」


 チリン


 百日紅の深紅の花弁が、撒き散らされた血のように、玲奈の視界で揺れた。玲奈の顔はまっすぐにそれを見ていた。瞳から涙がこぼれ落ち続けていた。

 

 玲奈は百日紅の花に手を伸ばした。しかし、その距離は遠く、数百年の隔絶と絶望を象徴しているかのようだった。


「誰かが言ってた。桜の樹の下には死体が埋まっててよ…… それであんなに桜は綺麗なんだってよ……」

『そうか』

 

「桜はいいよな。骸を喰らい、血を吸ってなお、平然と美しく咲き誇るんだぜ」

『……』


「骸を喰らい続け、血をすすり続けた百日紅は、血の花を咲かせるのかな? みんなから薄気味悪いって、言われ続けてさ。いつまでもひっそりと不気味に咲き続けるんだ」

 重い沈黙が訪れた。空気が止まったような気がした。


 フワリ


「そんなことなくてよ。私は好きよ?血の花を咲かせる百日紅。とても美しいわ」

 いつの間に来たのか。全く気配を感じさせず、美しく妖艶な美女が、玲奈の後ろに静かに立っていた。そしてフワリと玲奈の隣に腰掛けた。


「辛い思いをさせたわね。あの時、私がもう少し強ければ……」

「そんなことねぇ……」


「剣奈の消失」「闇坂村事変」「幻の淡路大地震事変」から一年、玲奈が救出されて数ヶ月が経とうとしていた。

 

 安土桃山時代に連れ去られた玲奈の魂は、数百年、邪気の身体の一部として取り込まれ続けた。そして目の前で繰り広げられる陵辱、殺戮をなすすべもなく見せつけられ続けた。


 常人ならば、わずか数日で気が狂うであろう、そのおぞましき時の中、玲奈に狂気の救いは与えられなかった……


「玲奈」 

「忠さま……」


 庭での玲奈の語らいの声に、久志本家に泊まっていた藤倉が気づいたのは、しばらく前だった。藤倉は床を離れ、縁側を見た。玲奈が後悔と懺悔に沈み、俯いて涙を流していた。

 

 藤倉はゆっくりと縁側に近づいた。玲奈の隣に腰掛けていた女は、ゆっくりと顔を上げて藤倉に微笑んだ。藤倉はそっと玲奈の隣に腰掛けた。女は立ち上がり、縁側から離れ、静かに気配を消していった。


 藤倉に気がついた玲奈がぽつりと言った。


「ごめん…… 言ってなかったよね…… アタイ…… たくさんの女の子を…… 喰らったんだ……」


 藤倉は優しくそれを聞き、そして静かに言った。 

「ああ。でもそれは間違ってるよ?「君が」じゃない。「君に取り付いた邪気が」だ……」


 藤倉はそっと玲奈を抱きしめた。玲奈は藤倉に抱きしめられたまま、涙を流し続けていた。


 チリン


 風鈴の音がなった。静けさの中、百日紅の深紅の花々がザザァと揺れていた。

 

「さっき百日紅の花が血の色で、みんな避けてるって言ってたけど…… その花言葉は知ってるかい?」

 玲奈は黙って首を振った。


「百日紅の花言葉はね、「雄弁」「愛嬌」。そして「潔白」……」

「アタイは汚れてる……」


「そしてもう一つあるんだよ」

 藤倉は玲奈を見た。


 そして、その涙に濡れた唇に口づけし、耳元でそっと囁いた。


「あなたを信じてる」 

「俺は、いつまでも、あなたを愛してる……」

 

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