34 ボクは、必ず君を取り戻す
掛けまくも綾に畏き天土に
神鎮り坐す
最も尊き大神達の大前に
慎み敬い
恐み恐み白さく
剣奈の身体が白黄に輝いた。光は暗黒粘体ごと巫女を包みこんだ。祝詞が続けられた。切迫しつつも、高く朗々とした声が響いた。
今し大前に参集侍れる
玲奈姉 剣奈 黒き巫女
高き尊き御恵みをかがふりまつりて
辱み奉り尊み奉るを以って
今日を良き日と択定めて、
禍事の限を
祓清めむと
玲奈姉に憑りつく禍々しき邪気を
持ち去りて 祓ひ給ひ
清め給えと白すことを
聞こしめせと
恐み恐み白す
剣奈の身体がますます光り輝いた。
そして…
ブワッ
巫女を再び覆い隠さんとしていた闇の暗黒粘体。それらは神々しい光に包まれ、蒸発するように黒塵と変わり…… そして、空中に溶けるように消えていった。
巫女の胎内に潜み、逃れようとしたおぞましき暗黒粘体さえ…… その浄化の光は逃さなかった。巫女を覆っていた暗黒粘体が、すべて消え去った……
裸身の女性が、黒女だった巫女が、呆然と佇んでいた。玲奈の魂をとらえるため、依り代とされた安土桃山時代の巫女が……
「た、だ、さま……」
女がつぶやいた。そこにいる全員が理解していた。姿こそ違えど、彼女こそ、玲奈であると。
「玲奈!」
藤倉が玲奈に駆け寄り、抱きしめた。
「ダメ…… 忠さま……アタイは汚い……」
女が、か細い手で藤倉を押しのけようとした。しかし……
「馬鹿なこと言うな!玲奈でいてくれるならそれでいいんだ。どんな姿でも構わない。何をされていても関係ない。玲奈、俺は…… 狂おしいほど愛してる!愛してる!愛してる!」
「忠さま……」
「汚くなんてない。汚れてなんてない。君はどんな姿であっても美しい!愛してる…… 君は、今そのままで美しい!」
藤倉は女を強く抱きしめた。藤倉を強く押し返していた腕は…… 力が抜けた。
そして次の瞬間、その腕は、藤倉を強く抱きしめ返していた。
「忠さま…… アタイ、アタイ……」
女は藤倉を抱きしめたまま、嗚咽した。いつまでもいつまでも、嗚咽し続けた。
剣奈たちは黙ってそれを、見守っていた。そして……
だらり…… 女の手が力を失い、地に垂れた。
アリガトウ……
玲奈とは違う女の声が聞こえた。
「玲奈の依り代にされておった巫女じゃな。黒女となりし巫女、彼女もまた解き放たれのじゃ……」
玲奈は依代から解放され、その魂は自らの身体に帰っていった。三鷹の桃林病院の意識不明の身体のもとへ。依代にされていた巫女もまた、その数百年の邪気による呪縛から解き放たれ、輪廻の輪に帰っていった……
ボロリ…… サラサラ……
残された身体が崩れ、砂のように崩壊していった。
「邪気により、無理やりに生を繋がれておったのじゃろ。依代とされた巫女も、力の強い巫女じゃったのじゃろうのう……」
白蛇がつぶやいた。
「邪気は類まれなる力を持った巫女を依り代とし、さらに素戔嗚尊の加護を受けた玲奈の魂を封じ込めた。邪気は巫女に地脈から霊脈気を吸って与え、おぞましい刺激で淫靡に変え、それごと生命エネルギーをすすっておったのじゃろ。まこと悪趣味な……」
「玲奈姉は救われたのかな?巫女さんの魂は解き放たれたのかな?」
『おそらく大丈夫じゃろ。剣奈の祈りによって邪気は滅した。あの二人の魂もきっと救われたじゃろう』
来国光が答えた。
「なら病院の玲奈は、意識を取り戻すかな?」
「ええ。きっと」
藤倉の問いに玉藻が答えた。
「じゃあ帰らないと!玲奈姉のもとへ!」
「ああ!」
藤倉が力強く頷いた。
一行は歩き出した。
「まぶし!」
祠の外に出ると春の日差しが柔らかく、三人に降り注いだ。三足の鳥居が、キラキラと光って見えた。剣奈の祈りにより、ここに住もうた邪気は浄化されていた。今はただ清らかな、清冽な空気が満ちていた。
「帰ろう!玲奈姉の元へ!」
剣奈が力強く言った。春の日差しは三人を祝福するように暖かく包みこんでいた。ルララララ ルララララ。風は、祝福の戦慄をやさしく奏でていた。
【第一部 完】




