24 実子を奪う覚悟
「これで玲奈姉は、ホントにボクのお姉さんになったんだね」
「おう」
千剣破、玲奈、剣奈の三人は宝塚市役所の玄関を出た。玲奈の戸籍編入、住民票異動、健康保険証申請が終わった。仲良く手を繋いで歩く剣奈と玲奈の二人を、千剣破は微笑んで見つめていた。
「ふぅ」
千剣破は思わず大きなため息をついた。大きな山を乗り越えたと思った。張り詰めていた気持ちが緩むのを感じた。血の気が引いていった。一瞬意識が遠のいた。
それほどまでに、千剣破は思いつめていたのである。
――――
剣奈が突然連れてきた娘。しかもその時の剣奈は、訳の分からない理屈をこねていた。「パーティーメンバーにするから」「決めたから」、そんなことを言って、いきなり玲奈を連れてきたとき、剣奈の祖母・千鶴は大いに戸惑ったという。
当たり前である。見ず知らずの女性を、いきなり連れてきたかと思うと、居候させろである。戸惑わない方がどうかしている。しかも玲奈はその時、「家の金目の物を盗って逃げる」と宣言したのである。
けれど…… 千鶴は、玲奈を久志本家の人間にすると決めた。
千鶴はおだやかだが、芯の強い人間だ。その千鶴が玲奈を「守る」と決めたのである。玲奈のナニカが、千鶴の心に刺さったのだろう。
(母は酔狂だが、愚かな人間ではない。人情に厚いが、世間知らずのお人よしではない)
千剣破は千鶴が誤った判断をしたことを、見たことがなかった。いつも熟考し、柔軟に考え、その上で決断を下していたのである。
玲奈は明らかに不良娘だった。しかもあの歳にして、男性経験は千剣破を大きく上回っているという。
(そんなふしだらな女性に、剣奈の側にいて欲しくない)
玲奈の身の上を聞いた時、それが千剣破の率直な思いだった。
しかしよくよく観察を続けていると、玲奈の外見と内面、そのわずかな違和感が千剣破の心をチクチクと刺激した。ありていに言うと、玲奈は「思っていたのと違っていた」のである。
口が悪く、言い方は乱暴。格好は軽く、露出が多い。あばずれそのものだ。バイクを乗り回す淫乱で暴力的な家出娘。初見の玲奈はそう見えた。街で会えば、剣奈の手を引いて、彼女から距離をとっただろう。
しかし、彼女の言動、しぐさ。そこには確かにあったのだ。まっすぐな情念が。
千鶴や剣奈への深い感謝。剣奈に見せる慈しみ。己が身を捨ててまで、剣奈を庇護する献身。
(ああ。この娘の魂はきれいだ)
玲奈の一挙一動を細かいほどに観察した結果、千剣破はそう結論付けた。そして玲奈から聞いた身の上話、すべてがボタンの掛け違えの連続だった。
玲奈の両親は酷い親だった。彼らが玲奈に取った行動は、決して認められるものではない。彼らが玲奈の心と体に与えた傷は、一生癒えることはないだろう。それほどのことをしたのだ。
しかし、彼らとて善良だったのだ。必死に生きようとしたのだ。千剣破には彼らの気持ちも理解できた。彼らは玲奈の誕生を喜び、幸せになろうとしたのだ。
何が悪かったのか?一言で言えば間が悪かった。玲奈がたまたま、魔眼を持って生まれた。生まれつきのものだったので、幼い玲奈はそれが普通と思ってしまった。
玲奈には、人に憑りつく怪異、禍物、凶物、そんなものが日常的に見えた。
(そりゃあそんなものが見えたら、幼児なら怯えるだろう)
しかし玲奈の両親にはそれが見えなかった。だから「恩人に失礼で邪魔な娘」の烙印が押されてしまった。しかもその恩人が亡くなった。あろうことか玲奈はその葬儀で騒いだ。
(娘への印象が悪くなるのは、仕方ないわよね)
恩人に失礼なだけではない。娘の玲奈にかかわると、恩人がどんどん死ぬのである。自分たちを応援する人が、後ろ盾になってくれている人が、娘と会うとどんどん死んでしまう。たしかに忌まわしい子供だ。もしそれが本当ならば……
さらに玲奈は学校で友達に暴力をふるった。そのたび、両親は教師や被害を受けた親に呼び出された。
(そりゃ、いたたまれなくもなるだろう)
地域社会は狭い世界である。彼らは身の置き所がなくなっていったのだ。地域社会からつまはじきにされていったのだ。娘の玲奈のせいで……
これは玲奈にも責任はある。しかし玲奈をそこまで追い込んだのは両親である。誤った認識によって……
つまり玲奈は被害者であるが、加害者でもあるのだ。親に虐待を受けてることが、級友への暴力の免罪符にはならない。その点は玲奈に非がある。
もちろん理由は色々あったのかもしれない。悪口、嘲笑もあったろう。しかしだからといって級友に暴力をふるってはならない。例え親からの日常的な暴力で、暴力感覚が麻痺していたとしても……




