23 みたらし団子の余韻
玄関横のリビングルームの時間が暖かく止まっていた。封筒の中身を確認した後、千剣破は玲奈をきつく抱きしめたまま、肩で小さく息を整えていた。玲奈は、固く抱きしめられることで、胸の奥の冷たい、氷河のような塊が、少しずつ溶け出すのを感じた。涙が頬を伝って、ぽつりぽつりと落ちた。指先が震えた。ルララララ ルララララ。彼女の心に歌が響いてきた。彼女の心はとても満ち足りたものになっていた。
(アタイ、ここに居ていいんだ…… こんな穢れはてた、クズのようなアタイなのに……)
玲奈は、こんな汚れ果てた自分が、この場所にいてもいい。そう認めてもらえた気がした。彼女は幸せだった。
剣奈はそんな二人を見て、なんと声をかけてよいかわからず、ただニコニコしていた。しばらくしてポツリと言った。
「玲奈姉。ほんとに玲奈姉になったね」
その小さな声はやけに澄んでいた。その声の余韻が、部屋の隅々まで染みわたっていった。
ガバリ
剣奈が玲奈に抱きついた。
「ボク…… 玲奈姉がいなかったらここまで来れなかったよ」
「剣奈……」
玲奈がきつく剣奈を抱擁した。
「アタイ…… 少しは役に立ってたのかな……」
「当たり前だよ。玲奈姉のバイクの背中…… いつもとってもカッコいいとおもってたよ?優しくて、暖かくて。それだけでも十分なのに。最近は黒震獣までやっつけちゃうしさ。もう玲奈姉なしなんて考えられないよ」
「……」
玲奈の顔がくしゃくしゃに崩れた。涙があふれ出た。彼女は膝をつき、顔を床に伏せて、大声で泣き出した。玲奈がこれまでためてきた心奥の防波堤が、一気に崩れ落ちた。
「うわぁぁ」
突然床に崩れ落ちて泣き出した玲奈を見て、剣奈はうろたえた。
「え、あの…… ボク、なにか変なこと言った?」
剣奈は千剣破を振り返った。千剣破は二人の様子を、静かに微笑んで見ていた。
沈黙が続いた。けれどその沈黙は気まずくなかった。優しがじわり満ちるような、そんな穏やかな静けさだった。
「うふふ。牛さんはようやく、自分の家を見つけたのね」
いつの間にか玉藻が扉の近くに立っていた。肩には白蛇が乗っていた。玉藻は静かに部屋を歩き、玲奈の横に腰を落とした。
玉藻は玲奈の頭をそっと自分の太ももに乗せた。そして静かに玲奈の頭を撫でた。玲奈はぼんやりと、されるがまま身を委ねていた。
「お茶にするか?喜八州のみたらし団子あるで」
台所から声が聞こえた。リビングの様子をうかがっていた千鶴が、落ち着いたころを見計らって声をかけてきたのだった。
「うわぁ!みたらし団子大好き!こっちのみたらし団子、甘いもんね」
剣奈が嬉しそうに言った。
「玲奈姉、食べよ?おいしいよ?」
「あ、甘くねぇみたらし団子なんて、あんのか?」
「え?みたらし団子って、ふつう醤油味でしょ?」
「ん?」
千剣破は吉祥寺ハーモニカ横丁天音の醤油みたらし団子を好んで買っていた。なので剣奈にとって、みたらし団子の普通は醤油味なのである。
一方、千鶴は喜八州のみたらし団子が好きで、梅田に出かけた際には十三に立ち寄って、よくお土産に買ってきた。喜八州のみたらし団子は、昆布だしとたまり醤油、白ざら糖を使ったコク・旨味のある甘いタレである。剣奈にとって、帰省の時のみたらし団子は甘いものだったのである。
「そうなのか?」
「うん!」
「そか、食べよっか」
「うん!」
毒気が抜かれた玲奈は、優しく微笑んだ。そして剣奈と手を繋いで立ち上がった。玲奈はちらりと玉藻を見た。恥ずかしそうに微笑みながら…… 玉藻は静かに微笑み返していた。
「きゅうちゃって、みたらし団子たべれるの?」
「あらあ?大好きよ?」
「しろちゃは?」
「好きなのじゃ?」
「そなんだ。蛇さんってお団子食べるんだ?」
――――
「さあ、今日は市役所いくわよ?」
みたらし団子を食べ終えた千剣破が張り切って言った。甘みを補給し、エネルギーが身体と脳にいきわたったようである。
「市役所?」
剣奈はさっぱり理解していなかった。
「玲奈がうちの娘になったでしょ?ちゃんと法的にも守らないと。やることはたくさんあるのよ。さあ、これからクエストよ?」
「おおお。クエストかぁ」
「そう。まずは久志本家パーティ登録ね」
「おおお!たしかに!パーティー登録は大切だよね」
「そう、市役所という名のギルドに行って、パーティ登録をするの。クエスト名は、戸籍編入ね」
「なるほどぉ!」
「つぎは拠点登録よ?」
「うんうん」
「玲奈をうちの拠点に登録するの。クエスト名は、住民票異動・転入ね」
「なるほどぉ!」
「続いて支援も申請しないと」
「うんうん」
「ケガをしたときに支援がないと聖女様の手当てもうけられないかもだからね」
「うん!回復大事だよね」
「クエスト名は、健康保険証の申請よ?」
「ギルドでやること沢山だね!」
「そう。そして順番も大切なの」
「そうなんだ?」
「まずはね。審判書謄本と確定証明書がキーアイテムとなって戸籍謄本、つまり久志本パーティーのメンバーであるという証明をもらうのよ」
「なるほど証明だね?」
「そう。そして今度は戸籍謄本がキーアイテムとなって、拠点登録、住民票を獲得できるの」
「なるほど!パーティーメンバーにならないと、拠点に住むって、ちょっとおかしいもんね」
「そうなのよ。それで今度は拠点登録、住民票がキーアイテムとなって、健康保険証がゲットできるのよ」
「なんだか順番が複雑で、わけわかんないよ」
「そうね。剣奈は実地で学んでいけばいいわ」
「うん!実戦大事だもんね!」
はたしてわかったのか、わかってないのか。それはともかく、千剣破は玲奈と剣奈を連れて、宝塚市役所に出かけることにした。玉藻と白蛇は、千鶴とともにお留守番である。
玲奈の久志本家戸籍への編入、住民票の異動、健康保険証の申請。これらにより玲奈の社会的身分が確固としたものになっていく。さすが千剣破、抜かりがない。




