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黒女の哭音が聞こえる ~拐かしの隠れ里~  作者: 夏風
二章 千剣破 救済への手掛かり

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20/22

20 傾く天秤

 調査を進めながら高島は、行政記録と実情のあまりにもの乖離、子供の学校での暴力を通じた悲痛な叫びへの誤解により、子どもの助けを求める声が届かなかったことに、愕然とし、頭を抱えた。


 一瞬、彼女の胸の奥で何かがきしんだ。しかし高島は気を引き締めた。仕事である以上、感情を切り離さねばならない。そう自らに言い聞かせた。


 高島が玲奈の方に顔を向け、尋ねた。


「ご事情、よくわかります。現在の玲奈さんの生活の様子は、どのようなものでしょうか?」


 突然話を振られ、玲奈はとまどい、迷いながらも口を開いた。

「アタイ…… 家では毎日、オヤジに殴られてさ、小学校五年からは嫌な行為もされるようになって。母ちゃんはアタイを憎んでるみたいだった。家に帰るのが地獄みたいで、消えてしまいたいって、いつも思ってた。中学卒業とともに家出して、ナンパで知り合った男に救われて一息付けたけど、そいつは突然いなくなってしまって…… そのあとはネカフェや、男の家を転々として生き延びてきて…… でも、久志本家で暮らして初めて、人間らしい生活がどんなものか知ることが出来た…… 剣奈の明るさ、お母さんやお祖母さんのやさしさ…… 暴力も身体を汚す行為もされない毎日が送れて…… みんなと笑ってすごす生活をはじめて知って…… 今、生まれて初めて、生きてるって、死ななくてよかったって、そんな実感をもてるようになりました」


 剣奈は辛そうに話す玲奈を見て、玲奈の手をぎゅっと握った。玲奈はその瞬間、(大丈夫さ)、というような微笑を一瞬送り、話を続けた。玲奈が話し終わった瞬間、剣奈が口を開いた。


「れ、玲奈姉はもう、かけがえのないボクの家族なんだ。離れ離れになることなんて、考えられないよ。ボク、これからずっと玲奈姉と、みんなと一緒に生きていく。それしか考えられません。それに、玲奈姉は、いっつもボクを守ってくれるんだ!諦めそうになった時でも、いつも隣にいてくれて、背中をしっかり支えてくれる。ボクはもう、玲奈姉がいない生活なんて、考えられません」


 剣奈、精一杯の援護射撃である。剣奈は千剣破から、「冒険」「怪異」「邪気」「刀」「金狐」「九尾」「白蛇」「異世界」「巫女舞」「死にかけた」「牛女」「魔眼」などは、絶対口にしないよう、固く言い含められていた。


 それらの禁止ワードを外して、剣奈なりに一生懸命、玲奈と家族になれるよう頑張って思いを伝えたのである。


(剣奈、よくやった)

 千剣破は剣奈に向かって慈愛の笑みを向けながら、心の中で剣奈の頭をなでなでしていた。そして口を開いた。


「児童相談所の方々は頑張ってくださったと思います。ですが、今回の件では、いろんな要素が絡まり、十分な救済・保護が玲奈に届きませんでした。それが玲奈の苦しみを、あまりにも長引かせ、彼女の心に深い傷を残しました。私は玲奈を、法的に家族として迎え、守りきりたいと思います」


 三人の発言が終わった。面談室に静寂が訪れた。高島は三人の話を聞きながら、じっと三人の表情と話しぶりを観察していた。そして手元の行政記録、第三者証言にも目を通しながら、うんうんとうなずいていた。


 高島が独自の事前調査でつかんだこと。それは、長期にわたる身体的・心理的虐待の強い疑い(殴る、蹴る、人格否定など)と、それに起因すると見られる本人の学校での暴力や荒れ、家出歴である。さらに、行政・学校記録との整合性(「行き過ぎたしつけ」「本人の問題」とされてきた経緯)である。


 両親は玲奈への虐待は認めたが、性的虐待については何も語らなかった。玲奈も学校や警察には相談していなかった。家出後の性的搾取については、岸本は行方不明であり、関係者も「話したら警察に捕まる」と恐れ、頑として口を割らなかった。従って、父親からの性的虐待や、家出中に性的行為を強いられていた事については、客観的な証拠はなかった。


 そのため、高島は、やもすると批判的に、疑問点を一つ一つ確かめながら、千剣破や玲奈の口述を聞いた。そのうえで、彼女たちの話は十分信頼性があると判断を下した。


(級友への暴力は決して正当化されない。暴力は彼女の非。児相の判断は彼らなりの信念。合理的判断は仕方ない。けれど……真実を見逃してしまった我々に責任はないのか?見過ごされてきた悲鳴を、今度こそ見逃すわけにはいかない。取りこぼしてはならない)


 高島は、静かにそう心に刻んだ。


 ――天秤が、傾いた。

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