19 法の救済を求めて 見過ごされたままには済まさない
家事相談室に静かな緊張が満ちた。高島が書類をめくる音がやけに大きく響いた。玲奈の顔がこわばった。高島は空気を和らげるように微笑み、口を開いた。
「それでは本日の面談についてですが、皆さんのお話をうかがいながら、ご家族のご事情やお気持ちを確認させていただきます。リラックスしてご回答いただければ結構ですので、どうぞよろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いします」
千剣破が大人の声でしっかりと返答した。玲奈はかちんこちんになって、ぎくしゃく頭を下げた。剣奈はみんなに従って、ぴょこんと小さく頭を下げた。
高島はメモをめくりつつ、話しだした。
「まず、養子縁組を希望された理由からお聞かせいただけますか?」
千剣破が一瞬、玲奈に視線を送った。玲奈が不安げに見返してきた。千剣破は玲奈に(大丈夫よ)と小さくほほ笑みかけた。それから前を向いた千剣破は小さく息を吸い、言葉を選びながら話し始めた。
「玲奈は、実の家庭で幼少期から虐待と暴力を受けてきました。それで心身ともに傷を負ってきました。両親は彼女を守るどころか、逆にひどい虐待を、しかも口にだすのもはばかられるような行為まで、日常的におこなってきました。彼女は、辛く長い孤独の時間を、救済もなく過ごしてきました。そして彼女は中学卒業式の当日、逃げるように家出しました。その後は荒れた生活を強いられてきました。これまで彼女は安定した生活が送れず、保護と救済の手が届かないまま、孤立を深めた日々を過ごしてきました。そんな中、私どもの娘、剣奈との偶然の出会いをきっかけに、玲奈はもう一度人を信じ、ふつうの暮らしを取り戻そうと前を向き始めました。児童相談所への通報や一時保護も検討しました。けれど、剣奈と玲奈がごく自然に実の「姉妹」のように寄り添い、互いを必要としている様子をみて、久志本家として、法的に彼女を家庭に迎え、彼女を守りきる責任を果たすべきと考え、養子縁組申請に至りました」
高島はしっかりと話す千剣破の様子を見守り、玲奈と剣奈の表情も細かく観察していた。そして、千剣破の言うことに間違いはないと判断した。
高島は、玲奈のこれまでの事情について、事前調査を行っていた。申立人千剣破、養子予定者玲奈の過去の状況、居住歴、学校歴等の情報を集めていた。
長田区福祉窓口、児童相談所などの記録や照会協力も受けていた。その中に、近所からの警察通報で、児童相談所が彼女の家庭を訪問した記録があった。職員は調査の結果、玲奈の学校での暴力を、彼女自身の性格と判断していた。また、担当職員は真摯な様子の玲奈の両親を見て、両親に同情的な判断すら下していた。
『児童相談所記録(*年**月)
学校内での暴力行為は本人の衝動性・性格傾向によるものと考えられる。また、両親は誠実であり、娘への愛情ゆえに行き過ぎた指導を行っている可能性がある。虐待との通報については、しつけの延長と判断される(※児童相談所記録より抜粋)』
誠実そうな仮面をかぶる両親に、児童相談所は判断を誤ってしまっていたのである。
高島は資料を読みながら、胸の奥に冷たいものが落ちるのを感じた。誤った合理が、一人の少女をどれほど追い詰めたか…… その現実に、言葉を失った。
児童相談所職員がずさんな聞き取りを行ったわけではなかった。しかし悪い具合に誤った方向に合理的に判断されてしまい、玲奈は救済のセーフティーネットから漏れてしまっていたのである。




