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黒女の哭音が聞こえる ~拐かしの隠れ里~  作者: 夏風
二章 千剣破 救済への手掛かり

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18/18

18 闘うシングルマザー いざ決戦へ

 玲奈の養子縁組の家庭裁判所調査官による面談の日が訪れた。


「剣奈、起きなさい。九時前には出発するわよ?」

「はーい!」


 千剣破(ちはや)が、娘に声をかけた。玲奈は朝七時に起きて、みんなのご飯の準備をしていた。一方、剣奈はのんびりぐっすり寝ていた。金狐と白蛇は、剣奈の部屋で丸まって一緒に寝ていた。二匹はすっかり仲良くなっているようだった。


 朝の光が剣奈の部屋を明るく照らしていた。剣奈は顔を洗い、歯磨きをして、一階のダイニングに向かった。


「いよいよだね。玲奈姉。ほんとにお姉さんになるんだね」

「ああ。剣奈。オメェの姉として恥ずかしくないようがんばるよ」 

「えぇ?もうすでに恥ずかしいところなんてないよ。っていうか、玲奈姉がいない毎日なんて考えられないよ」

「ありがとよ」


 千鶴、千剣破、玲奈、剣奈の四人で和やかに朝食が始まった。ルララララ ルララララ。今日の朝食は玲奈が全部作った。歌が自然にこぼれた。彼女は一人で作らせてほしいとお願いした。そして機嫌よく唄いながら、みんなの朝食を作ったのだった。メニューはハムエッグ、サラダ、みそ汁、ご飯だった。


「玲奈姉、おいひいよ」

「ほんとにねぇ。玲奈がいてくれて助かるわ」

 剣奈と千鶴が微笑んだ。玲奈は照れくさそうに、そして幸せそうに柔らかく笑った。


「ありがとうございます。こんなに良くしていただけるなんて、夢のようです。アタイ、私、小さいころから夢も希望もなく、すさんだ心で生きてきました。そんな私を家族に迎えていただけるなんて、なんて言ったらいいか……」


 玲奈が言葉に詰まった。千剣破が玲奈の頭を抱き寄せた。

「気が早いわよ?今日をしっかり乗り切らないとね」

「はい」


 玲奈が目を閉じて、気持ちを噛みしめた。しばらく様子を見ていた千鶴が言った。

「食器洗いはやっとくから、みんなは用意しなさい」

「はい。ありがとうございます」


 ――――


 午前八時四十分、千剣破が玲奈と剣奈に声をかけた。

「それじゃあ、行きましょう」

「はい」


 ガチャ


 千剣破が玄関のドアを開けた。書類の入ったキャメル色のバッグを肩にかけ、千剣破が二人を振り返った。剣奈は玲奈の手を握ってニコニコしていた。玲奈も剣奈の手を握り返して微笑んでいた。千鶴、玉藻、そして珍しく少女姿に変身した白蛇が見送りに来ていた。


「いってらっしゃい」

「いってきます」

 三人は宝梅の坂に向かって歩きはじめた。朝の光が坂道をやわらかく照らしていた。せみの声が賑やかに聞こえた。玲奈は白いブラウスの襟を撫でながら軽く息を吐いた。

 

「アタイ、こんなお嬢さまみたいな恰好なんて、似合わねぇよな」

「そんなことないよ。すっごくお姉さんだよ」

 剣奈が言った。


「なんだよそれは」

 玲奈が噴き出しながら返答した。


「似合ってるわよ」

 千剣破が言った。


「ちょっと緊張するな……」

「玲奈姉、だいじょうぶだよ!ボクがついてるから!」


 実際のところ、剣奈は何の役にも立たない。数日前、威勢よく「ボクがリードするから」といいながら、家庭裁判所への道順すらわからなかった剣奈である。

 

 実際の面談の場面では、行政書士としての千剣破が頼りになる。しかし玲奈は剣奈に笑いかけた。


「そうだな。剣奈がいてくれて心強いよ」

「えへへへへ」


 三人はにこやかに、逆瀬川駅への道を歩いていった。踏切の音が響いていた。玲奈の心に不安が広がった。九時前、逆瀬川駅の湾曲したホームに降り立った三人の目の前に、小豆色の宝塚行き電車が、朝の光を受けながら滑り込んできた。


 プシュウ


 電車が止まってドアが開いた。剣奈がちらりと乗客を見やると、美しいオーラを放つ凛々しい女性がドア際に立っていた。剣奈は思わず彼女に微笑んだ。女性は優雅に笑い返してきた。剣奈は上機嫌になり、宝塚駅でその女性に手を振って列車を降りた。二人は軽く会釈した。女性はニッコリとほほ笑み返してきた。


「すげぇ守護があの人についてたよ」

 玲奈がボソリとつぶやいた。


「ふふ。これがパワーをもらいましたというものかしら。さすがね」

 千剣破が劇場方面に足を向ける女性を目で見送った。


 三人は阪急宝塚駅からJR宝塚に向かい、九時十分ごろの大阪行き快速に乗り換えた。伊丹駅到着は九時半前である。伊丹駅からは徒歩で神戸家庭裁判所伊丹支部に向かった。


 玲奈は道中、雑踏が耳障りに感じ、落ち着かなかった。しかし、すぐに面談のことで頭が一杯になり、気がつくと伊丹の市街を歩いていた。三人は無言で道を歩いて行った。千剣破が先導し、剣奈は玲奈と手を繋いで歩いた。剣奈の心の中では、彼女がリーダーとしてみんなを引っ張っている気になっていた。


 九時四十五分、三人は家裁伊丹支部の二階建ての建物に到着した。三人はロビーに入り、しばらくベンチに座っていた。十時前、千剣破が立ち上がり、受付に向かった。玲奈と剣奈もそれに従った。


「おはようございます。久志本と申します。玲奈の養子縁組の面談でまいりました」

「お待ちしておりました。こちらです」

 職員の女性が、家事相談室まで三人を案内した。


 カチャ


 女性が相談室のドアを開けた。

「しばらくお待ちください」

「はい」


 トントン


「はい」

「失礼します」

 年配の女性が扉を開け、入ってきた。千剣破が立ち上がった。玲奈と剣奈もそれにならって立ち上がりお辞儀をした。


「久志本と申します。本日はよろしくお願いします」 

「こちらこそよろしくお願いします。神戸家庭裁判所伊丹支部担当調査官、高島と申します」

 担当官は家事担当主任家庭裁判所調査官の高島聡子(五十六歳)だった。彼女は大学の法学部を卒業後、名古屋、福岡、大阪、東京などの家裁を経たベテランだったのである。

 

 高島は少年事件・家事事件ともに、豊富な経験を持っていた。専門は未成年者保護、および家庭内心理ケアである。社会福祉士資格も持っていた。玲奈の経歴から、彼女が適任とされたのだった。


「それでは面談を始めます。よろしくお願いします」

「はい」

 千剣破の表情が引き締まった。玲奈の手がぎゅっと握られた。剣奈は訳も分からずどぎまぎしていた。


 玲奈の久志本家への養子縁組の面談が始まろうとしていた。

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