2 歴史学者の晩餐 死乃路談義
「藤倉先生、これから夕食ですの。まさか藤倉先生がいらっしゃるとは思っていなかったので…… カレーとサラダでよろしいですか?」
「はい…… すみません……」
「あと、まずはシャワーをどうぞ。お着替えは持ってきてらっしゃいますよね?洗濯物は洗濯機に入れておいてください。下着は…… 分けてください」
「……はい……」
「すみませんがご飯は先に頂いておきますね?」
「はい。もちろんです」
藤倉が風呂場に向かった。その背中はどこか寂しげだった。
「あらあ?藤倉先生?」
絶世の美女が声をかけた。
「玉藻さん、こんばんは。数日、お世話になります」
「ほほう。変態ロリコン男が紛れ込みおったのじゃ」
玉藻の肩に乗った白蛇が声をかけた。玉藻は伝説の九尾の狐である。淡路島鳴門海峡の激戦を経て、今は剣奈チームに参加している。たおやかな姿ながら、バリバリの前衛である。
白蛇は神の眷属の白龍である。淡路島「篠の道」事件で剣奈チームに参加することになった。フットワークが軽く、役行者や空海とも知己である。
――――
「うわぁ!ハンバーグ大好き!」
剣奈の声が風呂場まで響いていた。剣奈は身長百三十センチ。小柄である。しかしものすごく食べる。剣奈はとある霊刀と結紐を通じてつながっている。霊刀から吸収する剣気――地球の星命エネルギー「霊脈気」をもととした「神気」が変換された霊的エネルギー。霊刀の自我の根幹であり、剣奈の身体強化・攻撃に使われる力――を扱うのに、剣奈は大量の身体エネルギーを必要とするのである。いや、食いしん坊なだけかもしれないが……
(はやくみんなと合流したい)
藤倉は急いで体と頭を洗い、風呂場を出た。衣服はすべて新しいものに変えた。下着は洗濯ネットに入れて洗濯機のわきに置いた。
カチャ
「お待たせ」
藤倉がダイニングルームに入室した。
「タダッち、ようこそ。食べよ?ボク、もうデザートだけどね。にひひ」
剣奈はハンバーグ大盛にご飯を二杯お替りしたあと、ケーキを前にしてニコニコしていた。藤倉の前にはカレーが湯気をあげていた。ゆで卵と豚肉とチーズがトッピングされていた。隣に置かれたサラダにはすでにドレッシングがかけられていた。千剣破、さすがの気づかいである。
「おお。突然の訪問なのに、こんなごちそうをいただいて申し訳ない」
「ええ。全くですわ。次からはちゃんと数日前におっしゃってくださいね?」
千剣破が正直に真正面から言った。
「まったくじなのゃ。男というものは女の苦労を全く分かっておらんのじゃ。まさかと思うが、「冷やし中華でいいよ」などというでないのじゃ?」
白蛇、まさかの現代事情通である。剣奈パーティに合流して半年。テレビやネットを通じてすっかり令和の世の中事情に通じていた。彼女は自分専用のスマホを買ってもらっていた。しっぽでぽちぽち操作しながら普通にスマホを使いこなしていた。
玉藻は人型と狐型をとることがある。基本的には人型でいることが多い。玉藻は政府から戸籍をもらっていた。
白蛇もその気になれば人型に変化できるのであろう。しかし、小型の蛇型が一番しっくりくるようだ。彼女はずっと子白蛇の姿でいた。外出時は魔改造してもらったリュックの中で快適である。
「タダッち。ボクさ、今日、「篠の道」を通ったよ……」
剣奈が涙目で言った。
「篠の道」(死乃路)。時間と空間を超える「異界への通路」である。非業の死を遂げた女性の無念が凝り固まって多くの時間と空間を巻き込んで硬い結び目になっている。
人はそこを通って時空を超えることが出来る。ただし時空移動時には、魂がいったん「その時の篠」――水中で石を抱かされ、高手後手胸縄縛で厳しく緊縛され、さらに背中から腹に槍で貫通させられた状態――に憑依させられる。そして時空を超えた先で死んだばかりの生贄の巫女に魂を放り込まれる。時空移動に際し、死に至る苦痛を味わなければならない。
剣奈は「篠の道」を通ることを嫌がっているが、そこを通らないと玲奈のもとに行けないこともわかっており、悲壮な覚悟で臨んでいる。ちなみに白蛇や玉藻は、篠に寄り添いながらその道を通過することが可能である。
「それは大変だったね。何かわかったかい?」
藤倉がなるべく普通通りに聞いた。藤倉とて「篠の道」を通ることがどういうことかよく理解している。恋人の玲奈は「篠の道」を通って異界に運ばれ、いまだに囚われたままなのである。
「うん。海が見えた。島も見えた」
「なるほど。篠の道を通る前のことを教えてもらって良いかい?」
「うん。役行者さんの念に怪異が取り付いたんだ。それで倒される間際、なにか呪文を唱えてた。そしたら地龍さんが現れてボクとしろちゃ(白蛇)を呑み込んだんだ。しろちゃが地龍さんと話し合ったと思ったら、ボク、篠の道を通ってたんだ」
「ちょっと待って!」
千剣破が割り込んだ。
「篠の道って、以前、剣奈が淡路島に連れ去られた道でしょ?身体は大丈夫なの?」
千剣破が心配そうに剣奈を見た。
「うん。ボク、篠の道はもう何度か通ってるから……、慣れた。すっごく痛い。苦しい。息ができない。縛られた身体が痛い。槍で貫かれた背中とお腹が痛い……けど……」
千剣破は真っ青になった。
「もう篠の道を通るのはやめなさい」
「で、でも……そこを通らないと時空を越えられないんだよ……」
「白さん?あなたも縛られてたの?」
「いや。妾は縛られて水中に沈んでいく篠の腹に乗っておったのじゃ」
「じゃあ!篠さんの身体に憑依しなくても、同じように篠さんの周りにいて時空を超えることは出来ないの?」
「妾もそうできたらいいと思っておるのじゃ。じゃが……おそらくそれをすれば魂が保てぬのじゃ」
「白さんは普通にいられるのでしょ?」
「妾は身体ごと移動しとるでの。人は身体は現世に置いて、魂だけの移動となるのじゃ……」
「でも……、異世界(幽世)への移動は、剣奈も身体ごと出来るじゃない?どうして今回は違うの?」
『それはおそらくじゃが……』
みんなの心に声が響いた。邪斬・来国光――鎌倉時代に神から神託を受けた刀匠の来国光によって打たれ、天土に奉納された「意思を持つ霊刀」である――が会話に割り込んだ。




