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黒女の哭音が聞こえる ~拐かしの隠れ里~  作者: 夏風
一部序章 消えた恋人を探せ

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1/18

1 黄色い鳥が跳ぶ セイント・スノーソード始動

ブォンブォン

 

ブオー


 剣奈二年、三月三十一日。東名高速を一台のバイクが疾走していた。バイクの先端は鳥のように突き出ていた。さながら黄色の鳥が滑空しているようだった。

 

 デニムのライディングパンツに黒のライディングジャケット、真紅のフルフェイスヘルメット。――ライダーは藤倉忠恭(ふじくらただやす)。鶴甲大学の日本史教授である。昏睡状態で長期入院中の少女、久志本玲奈(れな)。藤倉は玲奈の恋人であり、また玲奈の義母、久志本千剣破(ちはや)の恩師でもある。


「今行く!」

 男は百二十キロの速度で風景を切り裂き、東京をめざしていた。藤倉がいま東京へ向かっているのは、昏睡中の恋人・玲奈を救う手がかりを、剣奈が掴んだからである。


 ――いや、ただ、楽しそうに冒険する剣奈がうらやましかった可能性は否定できない…… 藤倉は「セイント・スノーソード」と呼ばれる冒険者チームの一員である。彼は、チームリーダーの剣奈から冒険の成果を聞き、いてもたってもいられなくなったのである。


 久志本剣奈、明日から小学校四年生になる少女である。彼女は剣奈元年夏に、不思議な力で男児(剣人)から女児(剣奈)になった。


 ――地球を救うために神と霊刀に選ばれた「戦闘巫女」。神の力を受け入れるために女性の身体に作り変えられた。

 

 天真爛漫な勇者

 涙もろく、無垢な「剣巫女」

 「戦闘巫女」

 チョロ剣奈


 ――彼女の頭の中は、ゲームとラノベの発想に満ちていた。その発想は母・千剣破の影響によるものだった。一見荒唐無稽な世界が、彼女にとっては現実そのものだった。

 

「刀が生命を持ち、しゃべる」

「宇宙生命体が地球を侵略し、未曽有の自然災害を引き起こす」

「伝承の怪異が実在する」

「時空を超えて異世界へ移転する」

 

 周りの大人たちは、母でさえも、それを「子供の妄想」と一蹴した。


 だが、それは現実だった。さまざまな不可思議な事件を通じ、徐々にその荒唐無稽の事実を信じる人が増えていった。


 極秘裏に、知る人ぞ知る事実として。

 

 ――そして今、剣奈の存在は政府公認になっていた。内閣特殊チームの監視下で、彼女は日本の未来を託されているのである。


――――


 キキーッ ブォン


 藤倉がとあるマンションの前でバイクを止めた。東名高速から八王子を経て調布インターで降りた彼は、武蔵境通りから東八道路を経て吉祥寺通りを北上し、吉祥寺のとあるマンションの前に降り立った。

 

 ピンポーン


「今、夕食の準備で手が離せないわ。剣奈出てもらっていい?」 

「はーい!」


 パタパタパタ


 千剣破に言われ、剣奈がリビングのインターフォンに走っていった。彼女はモニターに映った人物を見て驚いた。


「えっ!?タダっち!?」 

「剣奈ちゃん!」 

「ええ!?藤倉先生!?」

 

「お母さん、タダっちだけど上げていい?」 

「いきなり?大人なんだから事前に連絡くらい欲しいわね」

 

「あ、そう言えば作戦会議でタダっち来るかもって言ってた」

(剣奈に言ったことで連絡したつもりになってるなんて……)


「ふぅ」

 千剣破は思わず、ため息をついた。


 藤倉が、日原ダンジョンの冒険を楽しんでいる剣奈を羨ましそうに見ていたことは、千剣破も知っていた。いてもたってもいられず、神戸から愛車Vストローム250で駆けつけたのであろう。


 久志本玲奈(れな)――怪異牛女の魂を引き継いだ女性である。人に見えないものを視る異能を持っている。異界で妹・剣奈のため戦った姉。その魂はいま、異界に囚われている。


「来ちゃったものは仕方ないわね。追い返すわけにもいかないし…… 剣奈、入れてあげなさい」

「はーい」


 藤倉は千剣破の大学時代の恩師であり、剣奈の冒険者チームのメンバーである。知恵袋にしてアッシー、さらにミツグ君――便利な藤倉である。

 

 玲奈の入院費の多く(三分の二にあたる四百万円)を負担してもらっている負い目もあり、千剣破は藤倉に強い態度はなかなか取れなかった。

 

 剣奈はインターフォンの解除ボタンを押し、エントランスのオートロックを解除した。


 ピンポーン


 程なくしてドアベルが鳴った。


「はーい」


 ガチャ


 剣奈が玄関を開けた。


「藤倉先生、いきなりの訪問は常識はずれじゃありません?」

 千剣破が両手を腰に当て、仁王立ちになって、藤倉をたしなめた。藤倉はバツが悪そうに視線をいったん宙にさまよわせ、おずおずと口を開いた。


「すいませんでした。剣奈ちゃんに言ったことで、連絡した気になってました」 

「藤倉先生?先生が剣奈のお友達の小学生なら、その言葉を受け入れましょう。ですが、大人として、保護者の私に連絡なしに尋ねてくるのはいかがなものでしょうか、と言ってるのです」

 千剣破が静かに言った。正論である。藤倉はぐうの音も出ない。


「すいませんでした」

 藤倉、降参である。


「まあいいでしょう。ホテルは取ってらっしゃる、ということでいいですね?いくらなんでも女性だけのうちに泊まるなどとは言いませんよね?」 

「お母さん!タダっちはボクのパーティメンバーだよ?せっかく来たタダっちを外で野宿させるわけにはいかないよ!お願い!泊めてあげて?」


 剣奈が剣人ワールド(剣奈の子供っぽいロールプレイングゲームとアニメとラノベ的発想の世界観)に従って藤倉を擁護した。

 

 さて藤倉、実は宿を取っていなかった。あわよくばという期待があった。最悪ネカフェかビジネスホテルに飛び込むつもりだった。


 いきなりのお泊り客、しかも男性。困惑する千剣破である。一方、チームの賢者の到来にワクワクする剣奈。ネカフェでの宿泊を免れそうな藤倉。


 三者三様の考えが吉祥寺の夜に交錯していた。

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