第9話 新人マネージャー(偽装)で潜入したら、元同僚の王子に正体バレ寸前になりました
ジーンとエルレアがさらに内容の詳細をつめて熱く交渉をしてから数時間後――
「……ねえ。なんで私が、新人のマネージャーのフリをしてアンタの荷物を持たなきゃいけないわけ?」
「……僕だって、なんでこんなヒラヒラした服でポーズをとらなきゃいけないのか聞きたいよ……」
魔塔別館の撮影スタジオ。
エルレアは地味なスーツに大きな眼鏡、認識阻害の魔道具であるサングラスをかけ、不機嫌な顔でにネムの衣装ケースを抱えていた。
今回の撮影テーマは吸血鬼らしい。
「僕、夢魔なんだけど……」と文句を呟くネムのアンニュイな雰囲気は、カメラの前で見事な退廃美へと昇華されている。悔しいが、紙幣の山に見えるほど見栄えが良い。
「こうなったら、ネム。撮影中にストーカーを炙り出すのよ。敵を欺くにはまず身内から。怪しまれないように完璧にこなしなさい!」
「……エルレア、君。ジーンと犯人への精算の話してる時だけ、今まで見たことないくらい『悪い商売人の顔』してたよね……」
ネムが遠い目をする。
実際、ジーンとエルレアは「利益の最大化」という一点において、恐ろしいほどの連帯感を見せていた。
「……やあ、君が、ネム?今日はよろしくね」
その時、清々しい香りを纏った、柔らかな声がかけられる。
振り返ると、そこにいたのは「イベントで来られない」はずのカイル・ヴィ・クリスタその人だった。
「……っ!?」
エルレアが絶句し、豪速でジーンの方を向く。
ばちっと目があったジーンは「サプライズ大成功!」と言わんばかりに、口元に人差し指を立ててウィンクを送っていた。
(ハメたわね、あの悪趣味マネージャーっ……!)
怒る間もなく、カイルが完璧なアイドルスマイルを浮かべ、ネムと握手を交わす。
続いてエルレアへ、カイルの手が差し出された。
「マネージャーのエル……ですぅ。よろしく」
エルレアは歯を食いしばりながらその手を取り、これまでの人生で一度も使ったことのない、砂を噛むようなビジネスハイトーンを絞り出した。
(この私が『ですぅ』だなんて、生涯最大の黒歴史(損失)だわ……!)
「こちらこそ」
カイルがエルレアの手を握り込む。
――その瞬間、彼女はカイルの魔力構成を瞬時に分析した。
ストーカー被害に遭っていることなど微塵も感じさせない、隙のない上級魔術の練成。
けれど、その奥に潜む「何か」を読み取ろうとした時――。
「……君は……?」
カイルの完璧な営業スマイルが、音もなく凍りつく。
サングラス越しの青い視線が、刃のような鋭さを帯びてエルレアを射抜いた。
わずかな魔力の共鳴。
それを確かめるように、カイルが怪訝に目を細め、エルレアの顔を覗き込もうとした――その瞬間。
「撮影開始です!」とジーンの弾んだ声が響き、二人の手が遮るように引き剥がされた。
「じゃ、二人とも、頑張ってね!」
エルレアは即座に満面の営業用スマイルを貼り付け、二人の背中を押し出し、裏方へと引っ込んだ。
(……危ない。あいつ、鼻だけは昔から効くんだから)
ライトが煌々と照らされ、撮影が始まり、ネムとカイルが並んでカメラの前に立つ。
やる気のないネムがカメラを見据えれば、その無関心さが皮肉にも「飢えた吸血鬼」の甘い誘惑へと変わる。気だるい瞼を少し持ち上げただけだというのに、その瞳には深淵へ誘うような危うい色気が宿っていた。
対するカイルは、一分の隙もない角度、計算された視線で、時折ふわりと笑みを浮かべる。目を逸らせない程のカリスマ性と、清廉された気品。その姿は、名実共に高貴な貴族そのものだ。
――静と動。
正反対の魅力がそこにはあった。やはり、ジーンの見立ては間違いなかったようだ。
「イヒヒ……」
エルレアは今後ネムを売り飛ばしたらどれだけ儲かるか、こっそり算盤を弾いてほくそ笑みながら、撮影を見守っていた。
そうして撮影が進む中、カイルは完璧な「王子様」としてネムをリードしているが、その目は時折、スタッフの影に潜む「地味なマネージャー」に向けられていた。
(……おかしい。あの立ち振る舞い、書類を整理する手つきにえげつない独特の算盤の叩き方……そして、さっきの魔力の揺らぎのような……)
カイルの脳裏に、ある女の顔が浮かぶ。
(……まさか、ね)




