第8話 地獄の底から金貨を拾う女、相棒を速攻で売り飛ばす
翌日、エルレアは指定された魔塔別館にいた。
その回廊は、魔石灯の淡い琥珀色の光が作り出す、長く歪んだ影に支配されている。
かつて追放された身だ。ここには冷たい拒絶の気配が満ちていた。
「ギルドから。……『エル』よ」
エルレアはフードの奥で冷めた瞳を光らせ、周囲を警戒する。肌を刺すような魔塔特有の冷気と、乾燥した空気が喉を掠めた。
案内された広報部控室は、外界の音を一切遮断する静寂に満ちていた。
高密度の絨毯が足音を吸い込み、磨き上げられた床には、魔石灯の柔らかな光がぼんやりと滲んでいる。
エルレアは躊躇なくソファに沈み込んだ。テーブルに並ぶ銀の茶器が、微かな金属音を立てる。
「――上等なソファだね、ここ」
「ちょっと、いきなりソファと一体化しないでよ! 高額商談なの!」
優雅に高級なソファに身を任せようとするネムを、エルレアは無造作に引き剥がした。
「言ったでしょう!?食えない商人の顔をしてみるのよ!さもないと明日からご飯は鉄屑よ!」
「横暴な飼い主だなぁ、わかったよ……仕事、ね」
ネムが溜息をつき、おもむろに「仕事」の表情を作る。――途端、気だるげな双眸に毒のような色気が宿った。
「ジゴロか!」
エルレアが突っ込むのと同時に、控えめなノックの音が静寂を切り裂いた。
「おまたせしちゃったかしら〜」
軽いノリの派手な男性が宝石をじゃらじゃら言わせながら機敏に部屋へ入って来た。
「ようこそ、魔塔へ!アタシはカイルのマネージャー、ジーンよ!アンタが噂の『地獄の底から金貨を拾う女』ね。エルレアちゃん、会いたかったわ〜!」
ジーンは流れるような動作でエルレアの手を取り、ぶんぶん振りながらマシンガンのように話しだした。
「こっちは……あらヤダ!色男じゃない!アナタ、アイドルに興味ない!?」
ジーンが鼻息荒くネムに迫るたび、指に嵌まった数多の指輪が衝突し、不協和音を奏でた。
「いや、そういうのだるいし、興味な……」
「ああ!そのやる気のなさが逆にエロいわ! カイルちゃんとは別の路線で売り出さない!? 私がプロデュースしてあげる!」
じりじりと追い詰められたネムはついに根を上げ、エルレアの背後に隠れた。
「えっと、ジーンさん?問題のカイルは?」
エルレアが本題に切り込むと、ジーンはわざとらしく「あらヤダ!」と両手で頬を押さえた。ジャラジャラと鳴る指輪が、芝居がかった彼の声を強調する。
「そうなの。カイルちゃんたら、今日は急なイベント出演が入っちゃって、ここには来られないのよ。ごめんなさいねー」
(……なんてね。最高の舞台に最高のタイミングで主役を出すのが、敏腕マネージャーの腕の見せ所よ!)
ジーンは心の中で舌を出し、獲物を狙うプロデューサーの瞳でエルレアを見据えた。
「いえ、構わないわ。それで、依頼の確認だけど、ストーカー被害はいつから?盗まれたものは何かしら?」
エルレアが問うと、ジーンは顎に手をあてながら思考を巡らせる。
「……そうね、一ヶ月くらい前からかしら?盗まれたのは私物の日用品や、衣装、宝飾品の類ね。……消えるのよ、最初からなかったみたいに」
ジーンによると、最初は何者かの気配を感じる程度だったが、段々とエスカレートし、嫌がらせをされたり私物がなくなるようになったと言う。
もちろん、厳重な結界を張り、浄化魔法を使ったりしたのだが、効果はなかった。
「……常時展開の結界を無視、痕跡なし、物品消失。まるで三流怪談みたいね」
エルレアはメモを手にしながら、考え込む。
「三流ならいいけどカイルちゃんは結界魔法のエキスパートなのよ?それでも駄目なんて……そのうちカイルちゃん自身が持っていかれたら大惨事よ」
その時、背後に隠れていたネムが、ソファ越しにひょっこり顔を出した。そのままエルレアのメモを後ろから覗き込む。
「……それ、人じゃないかも」
ネムの呟きに、エルレアは肩を跳ねさせる。
「な、何よネム。おおお、お化けだとでも言うの!?」
「おや、意外な反応。……怖い?こういうの、嫌い?」
エルレアの肩が小刻みに揺れているのをネムは見逃さなかった。
「こここ怖くないわよ!非論理的なものなんて信じてないし!嫌いなだけよ!お化けに査定基準なんてないから金額換算できないのが気に食わないの!」
「ふーん?」
面白いものを見たかのようにネムは首を傾げて悪戯っぽく笑った。
「いいーーー!!いいわーーーーー!!!!!!」
「ぎゃあああああああああ!!!!!!」
突然のジーンの雄叫びに、エルレアは悲鳴をあげた。
心臓がバクバクと早鐘を打つ。
「この後、月刊タワーのモデル撮影があるから、一緒に来なさい!カイルとコラボしたら国中の乙女の心臓を止められちゃうわヨ!!」
ジーンの剣幕に、ネムが再びサッとエルレアの後ろにひっこんだ。
「……ダメだよ。飼い主を通してもらわないと」
「ジーンさん、これくらいの金額でどうかしら?」
「即、売ったね……!」
ネムの恨みがましい視線を無視し、エルレアは「モデル出演料および協力費」を指が残像に見えるほどの速度で弾き出した。
「ふ、やるわね。的確な商品価値をはかる目と適性金額提示、素早い交渉判断……アンタ、マネージャーの才能があるようね?」
「ふふ、褒め言葉として受け取っておくわ」
「ひゃだ! アンタ最高! 交渉成立よ!」
二人は熱く握手を交わした。




