第70話 国家反逆罪による強制執行!――競合他社(五大老)を市場から一網打尽に永久追放いたします
――カチリ、と脳内で天秤の収支がピタリと噛み合う音がした。
エルレアがふっと意識を取り戻し、翠の瞳を開けた瞬間。
目の前には、ぶかぶかの服を着て呆然と立ち尽くす少年の姿となった「スズメ」と、いつも通りの眠たげな目を擦っているネムが立っていた。
「おかえり、エルレア。なかなかに強欲で、最高のディールだったよ」
ネムがポケットに手を突っ込みながら平然と言い放ち、スズメは自分の胸元に刻まれた天秤の紋章を信じられない面持ちで触っている。
精神世界でのあの壮絶な死闘は、現実世界においては、ほんの数秒――文字通り一瞬の出来事だったのだ。
周囲を見渡せば、床には空間ごと腕をねじ切られたバルツァーが血の海でのたうち回り、その背後ではエクスが放った神気の刃に切り裂かれたオズワルドやガルニエら五大老たちが、恐怖と激痛に顔を歪めてうめき声を上げていた。
「な、なんだ……今のは、一体何が起きた……!? バルツァー、その小娘を早く殺せ! 聖女……セラフィーヌはどうした!?」
何が起きたのかすら理解できず、血を流しながら取り乱すオズワルド。
その醜態を見下ろしながら、それまで虚ろな人形でしかなかったはずの青年が、ふっと冷徹な、けれど最高に不敵な笑みをその唇に刻んだ。
「――おや。まだ自分たちが『勝者』のつもりですか、五大老……いや、詐欺師の皆様」
カイルだった。全身を縛っていたセラフィーヌの魔力の縄は、彼女の死によってすでに霧散している。
カイルは傲然と首を鳴らすと、五大老たちへ憐れむような視線を向け、パチンと小気味よい音を立てて指を鳴らした。
「――突入せよ!」
その合図と同時に、魔塔主室の頑強な壁と破壊されていた扉の向こうから、重々しい鉄靴の足音が地響きのように鳴り響いた。
「こちらです! 一人も逃すな、全員包囲しろ!」
先陣を切って室内に飛び込んできたのは、鋭い眼鏡の奥の瞳を光らせたグレイだ。
魔塔本来の「隠れ蓑」としての結界が復活した今、真の支配者たる彼らを拒む扉など、どこにもない。
グレイが完璧な手際で誘導する背後から、漆黒の外套を翻した集団――王宮直属の「異端執行官」たちが、抜剣の音を響かせながら一斉に突入してきた。
瞬く間に五大老とバルツァーは、逃げ場のない厳重な刃の檻の中に閉じ込められる。
「カ、カイル……ッ!? お前、洗脳されてなど……っ」
「まさか、最初から我らをハメるために……!?」
バルツァーが血反吐を吐きながら絶叫し、ガルニエがガタガタと歯を鳴らす。
カイルはその包囲網の中心へと歩み出ると、懐から燦然たる黄金の獅子紋が押された重厚な国王の羊皮紙を厳かに掲げ持った。
「五大老、および魔塔主任研究員バルツァー! 国王陛下直々の勅命に基づき、現時刻をもって貴様ら全員を――『国家反逆罪』『公金横領』『不法人体実験』、並びに現行の魔塔主に対する『殺人未遂』の容疑で一斉捕縛する!」
カイルの凛烈たる宣戦布告が、広大な部屋に轟々と響き渡る。
「言い訳は監獄の奥底で聞こう。君たちが魔塔の機能の八割を不正に私物化していた証拠の履歴も、グレイの手によってすでに王宮へ転送済みだ。……一人残らず、連れて行け」
「な、動けん……そんな、わしらの利権が、世界がぁぁぁ!!」
先ほどまで世界の支配者を気取っていた老人たちは、哀れな悲鳴を上げ、異端執行官たちによって次々と床に押さえつけられた。
流れるような速さで魔力を封じる重い鉄錠を嵌められていく様は、まさに一網打尽。完璧なる破滅だった。
抵抗する力すら奪われ、芋虫のように引きずられていく五大老たちの背中を見送りながら、エルレアはふう、と小さく息を吐いて自身の首筋の新しい刻印に触れた。
「ひっひっひっ……。お見事ね、カイル。これで邪魔な競合相手は全員破産、市場から完全退場ってわけね?」
「ああ。君が身を挺して現行犯の確定証拠を作ってくれたおかげだよ、エルレア。……本当に、無茶ばかりする」
カイルはいつもの「苦労性のオカン」のような呆れ顔に戻りながらも、その瞳にはエルレアへの深い信頼と愛おしさが満ちていた。




