第64話 【朗報】よれよれインテリの先輩、白衣を脱いだら超武闘派の美ボディだった件
――数十分後。
エルレア達は、警備システムが完全に暴走した地下十四階層まで降りてきていた。
「しつこいわね、このポンコツどもっ!」
エルレアが鋭い叫びと共に魔石を弾くと、放たれた魔力弾が目の前の大型警備ゴーレムの核を正確に撃ち抜き、木端微塵に粉砕した。
「きりが、ないな……っ!」
未だ精神的なふらつきを残しながらも、カイルが王宮仕込みの流麗な剣技と鋭い魔術を駆使して、次々と襲いかかるゴーレムの腕を切り落とし、警備兵を気絶させていく。
「うんうん。僕の作った魔塔の防衛システムはやっぱり完璧だね! 素晴らしい耐久度だ!」
「褒めてないわよニート! 早く止めなさいよ!」
ネムがのんきに満足そうな笑みを浮かべ、歩きながら目の前のゴーレムの額に刻まれた『emeth(真理)』の文字の先頭を、最小限の魔力でちょいと書き換える。
文字が『meth(死)』に変わったゴーレムは、一瞬でただの砂の山へと崩れ落ちた。
「あー、とは言え、このペースじゃ実験室に着く前に消耗戦でジリ貧だな。……おいお嬢、カイル」
突如、二人の前に進み出たグレイが、着慣れた白衣をバサリと床に脱ぎ捨て、黒髪を乱暴にかきあげた。
眼鏡の奥の瞳が、人間のものではない、禍々しい鮮血の赤へと豹変した。
「お前らは先に行け。どっちにしろ、あの実験室の周辺は聖属性の結界が濃すぎて、魔族の俺には入れねぇからな」
瞬間、グレイの全身からどす黒い赤の魔力が膨れ上がり、押し寄せる風圧だけでシャツの胸元のボタンがブチブチと音を立てて弾け飛ぶ。
「えっ、ちょっと、ええええっ!?」
シャツの隙間から露わになったのは、信じられないほど限界まで鍛え上げられた、彫刻のような筋肉美だった。
その圧倒的な迫力に、エルレアは思わず絶句する。
完全に、部屋の隅で書類を捲っているだけの「よれよれのインテリ仕事中毒男」だと思っていたグレイの、あまりにも暴力的な別の一面だった。
(嘘でしょ……頭脳派の魔導士だと思ってたのに、まさかの超武闘派だったわけ!?)
エルレアは思わず足を止め、信じられないものを見るような目でその大胸筋を凝視してしまう。
グレイはそんな視線に気づくと、獰猛に口角を上げた。
「ふ……っ、俺のこの美ボディに惚れんなよ? ――おら、さっさと行け!」
グレイは剣を抜くことすらなく、魔族の怪力だけで立ち塞がるゴーレムの頭部を素手で粉砕し、警備兵たちを紙切れのように石床へと沈めていく。
暴力的な進撃が実験室へと続く一本の道を切り開くと、その最奥に重々しい金属製の扉が姿を現した。
「グレイ先輩、死なないでよ! ――みんな、行きましょう!」
エルレアは叫び、カイルとネムを連れて一斉に駆け出した。
「……はっ。吸血鬼(不死者)に向かって、死なないで、ねぇ……」
一人残された通路で、グレイは嬉しそうに低く笑うと、パキパキと首の骨を鳴らした。
両手の拳を固く握り、獰猛なファイティングポーズを構える。
「本当に、あのお嬢は……最高のクソ後輩だよ」
押し寄せる鉄の軍勢を前に、吸血鬼の牙がギラリと不敵に輝いた。
薄暗い地下の廊下に、真っ直ぐに駆け抜ける硬い足音が響き渡る。
目的の実験室、その重厚な鉄扉へエルレアが手をかけようとした瞬間、不意に背後でカイルが大きくよろめいた。
「カイル!?」
心配そうに振り返るエルレアの声が、カイルの耳にはひどく遠く聞こえていた。
彼の視界は不気味に歪み、激しく揺れている。目の前の扉の隙間から、五年前のあの最悪の夜の記憶が、黒い泥のように滲み出てくる。
「……大丈夫だ。行こう」
カイルは強く頭を振って視界をクリアにすると、無理やり作った歪な笑みで扉を押し開き、第十四階層実験室へと足を踏み入れた。
そこは五年前とも違う光景だった。禍々しい管と肥大化した魔石が生き物のように這い回り、室内全体が異様な気配を放っている。
「……っ、あ、ああっ……!?」
突如、喉を掻き毟るような苦悶の声を漏らし、ネムが膝から床へと崩れ落ちた。
白い肌の上を、光る銀色の鎖のような魔術式が這い回り、その拘束に抗うように、どす黒い紫色の魔力がじわりと体表から滲み出している。
「ネム!?」
「ちょっと……マズいね。思ったより神の結界の濃度が濃すぎる……。完全に引っかかっちゃった……っ」
室内の中央に鎮座する巨大な魔導装置が低く不気味な重低音を響かせる。
そのノイズに混ざって、どこからともなく下劣な忍び笑いが降ってきた。
「くっくっくっ……! 自ら死に場所を選んで飛び込んでくるとはな、アストレインの落ちこぼれが!」
エルレアが不快げに眉を顰めて顔を上げると、空中に出現した半透明の魔導投影の中に、勝ち誇った笑みを浮かべるバルツァーの姿があった。
その背後には、うっとりと虚空を見つめる狂信者、セラフィーヌの姿も映し出されている。
「バルツァー……っ」
エルレアの翠色の瞳が、鋭く細められる。
「ふん、魔塔主の指輪を盗んだ大罪人め。まあ、わしにも慈悲はある。貴様の処刑は、その隣にいる国王直属の優秀な異端執行官に執行してもらうとしよう!」
「え……くっ!?」
ぶんっ、とエルレアの眼前を鋭利な一閃が空を切った。
本能的に魔力の揺らぎを感知し、エルレアはなりふり構わず身を翻す。琥珀色の髪が数本、切っ先にかすって宙に舞った。
瞬時にステップを踏んで体勢を整え、振り返ったエルレアの呼吸が止まる。
「カイル……? どうしちゃったのよ、それ……っ!」
そこにいたのは、虚ろな瞳で剣を正しく構え、エルレアへ切っ先を向けるカイルの姿だった。




