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第63話 魔塔主の指輪(本物)と本体が揃ったので、現職の資産を差し押さえます



ネムが過去の真実を語り終えると、第八研究室には重苦しい静寂が訪れた。

壁に掛けられた魔導ランプが、じ、と不吉な音を立てて揺れる。


「……そんなことが。どうして僕は今の今まで、何も覚えていなかったんだ……」


 沈黙を破ったのは、掠れたカイルの声だった。


顔色は完全に血の気を失い、青白く染まっている。彼はソファの上でうずくまり、割り切れない矛盾を拒絶するように、震える指先で頭を強く抱え込んでいた。


「ちょっとカイル、顔色が最悪よ。大丈夫?」


「カイル。無理に思い出そうとしちゃダメだ」


 ネムが息を吐き、ゆっくりと片手をカイルの額にかざす。

その掌から、深い紫色の魔力が波紋のように紡がれ、カイルの身体へと流れ込んでいった。


「五年前のあの日、感情変換装置の暴走によって、君の記憶の魔素は複雑に絡み合ってしまった。君の精神の中で、聖属性と魔属性が最悪の形で溶け合っている。無理に解けば、記憶どころか人格そのものが消滅しかねない。……今は、忘れるんだ」


 ネムの瞳が、妖しい紫色の光を帯びる。

カイルはその光に魂を引き寄せられたように、ゆっくりと荒い呼吸を落ち着かせていった。


 その痛々しい様子を特等席で見届けながら、エルレアは静かに、しかし爆発しそうなほどの怒りを込めて拳を握りしめた。


「許せないわね、バルツァー。公金横領だけでなく、王家への反逆まで企むなんて。魔塔主代理のつもりか何か知らないけれど、一体どんな杜撰な経営をしてるのよ」


 バンッ、とエルレアは盛大に机を叩いて立ち上がった。


「決まりね。一括請求を兼ねた囮捜査といきましょうか」


 エルレアは完全に悪徳取り立て屋の顔になり、ニヤリと不敵な笑みを浮かべ、左手にはめた『魔塔主の指輪』をこれ見よがしに突き出す。


「魔塔主の指輪と、本物の魔塔主本体がここに揃っているのよ? さて――本当の簒奪者はどっちかしら?」


 エルレアは翠色の瞳に獰猛な光を灯し、机の上の通信用魔道具へ手を伸ばした。


「おいおい、何をするつもりだお嬢! またそうやって独断で……!」


 焦るグレイが制止の声をかけるより早く、エルレアの指先が通信回路をジャックし、自称・新魔塔主――バルツァーの個人回線へと強制接続した。


「あーあー、マイクテストテスト。聞こえてるかしら、()()()()さん?」


 突如、デスクの上の携帯用通信魔道具が不気味な起動音を鳴らし、バルツァーは弾かれたように目を見開いた。


 魔塔主室の壁一面に、プロジェクションマッピングのように大きく映し出されたのは――地下牢にぶち込んだはずの小賢しい小娘、エルレア=アストレインの姿だった。


「き、貴様っ! 地下監獄にいるはずの犯罪者が、なぜそこにいる……っ!」


「ご挨拶ね。勝手にお部屋をお借りしているわよ」


 エルレアはにっこりと、最高に底意地の悪い笑みを深めながら、左手の薬指をカメラに向けて見せつけた。重厚な輝きを放つ、魔塔最高権力の象徴。


「これ、何かわかるかしら?」


 エルレアが楽しげに視線で合図を送ると、彼女の背後でソファに寝そべっていたネムが、面倒くさそうに頬杖をついたまま、人差し指をくいっと小さく上げた。


 その瞬間、バルツァーのいる魔塔主室の魔導ランプが一斉にチカチカと明滅し、魔力供給の主導権が「書き換えられた」ことを告げた。


「……まさかっ! それは、紛い物のはずでは……!」


 バルツァーは視線だけでエルレアを八つ裂きにしそうなほどの殺意を漲らせ、その指輪を睨みつけた。


「魔塔主の指輪も、本物の魔塔主もここにいるわ。代理のバルツァー、あなたの資産、今から私が全額差し押さえてあげる。悔しかったら――私を殺しに来なさい?」


「く、くそが……っ!」


 激昂するバルツァー。しかし、腐っても執念だけで五大老の地位まで上り詰めた男だ。


一瞬で怒りを冷徹な計算へと切り替え、この窮地をひっくり返す「最悪の作戦」を脳内で組み立てる。


(……あの指輪が本物なら好都合。過去に魔素汚染した「あいつ」の首輪を使えば、まとめて処理できる!)


「ふん、そんな玩具が本物かどうか、疑わしいものだな。いいだろう、そこまで言うならその茶番に付き合ってやる。文句があるなら、第十四階層実験室まで来い。そこで待っているぞ」


 吐き捨てるようにそう言い残し、バルツァーは一方的に通信を遮断した。


「ふぅん、第十四階層ねぇ。……罠の臭いが大爆発してるね」


 ネムがソファの上で猫のように伸びをしながら、他人事のように呟く。


「ま、このまま魔塔をあの腐った代理の好きにさせるわけにもいかねぇからな。乗りかかった船だ、とことん付き合ってやるよ」


 手元のコーヒーカップを置き、グレイが椅子をギィと軋ませて立ち上がった。


「助かるわ、二人とも。――じゃあ、不条理な過去の精算に行きましょう」


 エルレアは懐の魔石の残数を確認すると、第八研究室の重厚な扉を蹴り開け、力強く一歩を踏み出した。



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