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第55話 完璧な王子の完璧な計画は、秒単位で稼ぐ推しに破壊される

 


 その頃、王宮の一室では、第五王子カイル・ヴィ・クリスタは頭を抱えていた。


「いや、あまり派手な演出にすると彼女は引くだろうし、かと言って事務的なお祝いだとビジネスライクに割り切られすぎる……」


 カイルは、エルレアの「当主就任」の祝いの品と、その渡し方の演出に真剣に悩んでいた。普段は完璧な微笑みを湛える「アイドル魔導士」として世の令嬢を虜にしている彼が、完全に余裕を失っている。


 脳裏に浮かぶのは、先日の舞踏会。自分のアイドルスマイルが一切効かない彼女の手を取り、共に踊ったあの時間。

 氷のように美しい彼女と視線が交わした瞬間の高揚感を思い出すたび、心拍数が妙に上がる。


 ……疲労か? いや、違う。おそらく緊張状態による交感神経の異常反応だ。


 カイルは真顔で自己分析し、そして数秒後に、「それを世間では恋と言うのでは?」という内心のツッコミを全力で無視した。


 公私混同はしない主義だ。少なくとも、昨日までは。今の自分は明らかに公私混同の極みにいる。


「……それに、アストレイン家の財政状況はかなり危ういはずだ。今こそ、僕が後ろ盾として、彼女の力になるべきタイミングだ」


 意を決したカイルは、祝いの品を懐に忍ばせ、自ら馬車を駆ってアストレイン子爵邸へと向かった。「困った時は僕を頼ってよ、エルレア」――そんな、爽やかで完璧なセリフを何度も口の中で練習しながら。


 しかし、到着したアストレイン邸の門は、不自然なほど静まり返っていた。


「……失礼するよ、エルレア。お祝いに――」


 カイルが館へ足を踏み入れると、出迎えた老執事が申し訳なさそうに頭を下げる。


「これはカイル殿下。申し訳ございません、エルレア当主なら、先ほどお出かけになりました」


「え? どこへ? 僕への相談もなく?」


「はい。『魔塔にツケを回収しに行く』と仰り、物々しい書類の束と、寝子ねこを一匹連れて、もぬけの殻でございます……」


「ま、魔塔……!? ……いや、なぜそこで猫なんだ!?」


 カイルの完璧な笑顔がピキリとひび割れた。あそこは今のエルレアにとっては敵地であり、カイル自身が根回しをしてから動くべき場所だったはずだ。


「あいつ、また僕の情報網を通さずに無茶を……!」


 カイルは髪をかきあげながら、ハッとした。


 今のエルレアは危険だ。当主権限を得たことで、彼女は完全に「合法的に全てを差し押さえられる」状態になっている。そして彼女は、その権利を一ミリたりとも躊躇せずに行使する。つまり――。


「まずい……! あのまま放っておくと、魔塔の資産管理部門が物理的に壊滅する!!」


 カイルはせっかく用意した祝いの品を放り出すように馬車へ飛び乗り、慌ててエルレアの後を追って魔塔へと馬を走らせるのだった。




 白亜の巨塔の前で、馬車はゆっくりと動きを止めた。――魔塔。

 それは、魔導士たちが魔法を日々研鑽し、国の軍事や経済を裏で牛耳る最高機関だ。


 エルレアは、アストレイン家当主の外套を翻らせながら、馬車から降り立った。


 塔の影が石畳に伸びる。高い壁のせいで日差しが届かない門前は、正午だというのに空気が一段冷たく、白亜の壁から滲み出す魔力の気配がうっすらと肌に触れた。


 そのまま魔石灯の光を跳ね返しながら魔塔の門を潜り、堂々と受付の前に立つ。受付は面倒そうな顔をしながら、エルレアを見上げた。


「あー、魔導士希望なら受付はこちらではありませんよ。ここは会計の受付で……」


「いいえ、ここで間違いないわ。今日は、我が家が過去に魔塔へ貸してあげた研究機材と魔石について、きっちり『返却と査定』をしてもらいに来たの」


「はぁ? お名前は……」


「アストレイン家当主、エルレア=アストレインよ」


 その名が告げられた瞬間、広間の魔導士たちが一斉にざわめきだした。しかし、彼女は意に介したそぶりもなく、不敵に笑うだけだった。



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