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第51話【過去編】神の呪いすらも軍資金に変えて


 グチャリ、と肉が裂け、鮮血が溢れ出す。


 体内の魔力回路が焼き切れて使えないなら、「体外に新しい回路」を今ここで作ればいい。


 エルレアは自身の血をインク代わりに、両手の平に即興の「魔法陣」を深く、深く抉るように刻み込んでいく。


 激痛で視界が真っ白に染まり、脳が焼き切れそうになる。だが、彼女の卓越した理論と論文の知識が、叫びをあげる理性を辛うじて繋ぎ止めていた。


「まだよ……まだ足りない……ッ!」


 エルレアは血まみれの両手の傷口に、これまでの内職と探索で必死に掻き集めてきた「低級の魔石」を、肉を割り、骨に擦り付けるようにして直接ゴリゴリと押し込んだ。


 普通の魔導士なら、制御不能な魔力の暴走によって両腕が肉片となって吹き飛ぶ自殺行為。


 しかし、エルレアの頭脳は、その暴走すらも冷徹に「計算」し、強引にコントロール下に置いていた。


「絞り出しなさい、私の魔力しさんを……!!」


 傷口に埋め込まれた低級魔石の微々たる魔力が、血の体外魔法陣を通じて極限まで「圧縮」され、臨界点を突破する。


 キィィィィィン!!! と鼓膜を刺す高周波。


 次の瞬間、エルレアの両手から、超高密度に圧縮された漆黒の魔力弾が、閃光となって炸裂した。


「――ガ、ァ!?」


 迫り来ていた死霊が、悲鳴をあげる暇さえなく、その圧倒的な破壊の光に呑み込まれる。


 轟音と共に洞窟の最奥が激しく揺れ、漆黒の光が、高位の魔物を一撃で跡形もなく消し飛ばした。


 静まり返った洞窟に、ガランッ、と重い金属音を立てて死霊の大鎌が転がり落ちた。


 肉焦げる悪臭と静寂が満ちる中、エルレアは、自身の血と野生の魔石がぐちゃぐちゃに混ざり合った両手を見つめ――押し殺したような笑い声を漏らした。


「あはは……っ、痛い。死ぬほど痛いわ、これ……っ」


 痛覚が悲鳴をあげている。しかし、それ以上に脳を灼くのは、完全なる勝利の全能感だ。


「でも、使えた。……ふふ、あははは!  でもこれ、めちゃくちゃ燃費が悪いわね。この先、どれだけ魔石を買い漁っても足りやしないじゃない」


 ――魔石魔法。


 焼き切れた回路を無視し、魔石のエネルギーを血肉のバイパスで強制駆動させる異端の術式。


 これを行使し、生き残るためには、これから星の数ほどの高価な魔石カネが必要になる。


(それでも、構わないわ。奪われ、何もなくなったのなら――これから私の強欲で、世界の全てを買い叩いて、築き上げてやればいいだけの話よ)


 エルレアの瞳に、アストレインの令嬢だった頃にはなかった、飢えた獣のような獰猛な光が宿っていた。


 ふと視線を落とすと、血に濡れた岩肌に、見慣れない純白の羊皮紙がぽつんと落ちていた。


 ルカの姿は、いつの間にかどこにもない。


 羊皮紙の表面には、文字の代わりに金色の魔力で編まれた『刻印』が、まるで消えない焼き印のように不気味に輝いていた。


 エルレアが触れた瞬間、それはサラサラと光の粒子になって崩れ、脳裏に直接、あの天使の皮を被った悪魔の声が響く。



『神様を一番高く買ってくれる国……楽しみにしているよ。

 君がボクを売るに値する大富豪になるまで、少しだけ、外から『投資』を続けさせてもらうね。ボクのエルレア』



 それは、愛おしい玩具を眺めるような、底冷えする祝福の呪い。


「……次に会ったら、あの鳥の羽むしって売り飛ばしてやるわ!」


 エルレアは不快そうに光の灰を払いのけた。


 恐怖などない。ただ、破産するまで毟り取って、最後は約束通り最高値で売り飛ばしてやるという、獰猛な商人の計算がそこにはあった。



 ――それから数時間後。


 気絶していたラムダたちの怪我は幸い、見た目より軽症だった。エルレアが以前持たせた魔導刻印の防具が役に立っていたようだ。


 応急処置を強引に済ませ、討伐の証拠である巨大な大鎌を引きずりながら、エルレアは朝のギルドへと帰還した。


 重い扉が開いた瞬間、ギルド内は蜂の巣をつついたような大騒ぎになった。


 入ってきたのは、おぞましい高位魔物の遺物を引きずる没落令嬢。


 しかもその両手はボロ布で固く巻かれ、そこから滲む血は、黒ずんだ魔石の破片と混ざり合って異様な鈍色に光っている。


 魔法が使えないはずの女が、野生の魔石をその身に喰らわせ、化物じみた超火力で死霊リッチを消し飛ばした――そんな噂は、瞬く間に冒険者たちの間に駆け巡った。


 彼らは皆、目を丸くして戦慄していた。


 あの女の『強欲』はついに人間の領分を超えた。魔石を燃料にして己の肉体を駆動させる執念深い怪物、ギルド最高に不審で危険な魔導士が誕生したのだ、と。


「……本当に、すまなかった!!」


 ギルドの一角で、ジョージが床に額を擦りつける勢いでエルレアに頭を下げていた。


「俺、何であんなにイラついてたのか、自分でも思い出せないんだ……。本当に、悪かった!」


 平伏するジョージや、複雑な顔で見守るラムダたちの様子を見つめながら、エルレアの脳裏には一つの冷徹な確信があった。


 あの異常なパニック、そして精神汚染の魔素。


 そして、あの戦いの後、いつの間にかいなくなったルカ。

 彼が使っていた装備や記録だけが、不自然なほど綺麗に消えていた。まるで最初から“そこに存在していなかった”かのように。


(……やっぱり、あんたね。エクス)


 彼らの精神を弄び、気まぐれに破滅へ誘導した神の悪趣味なゲーム。


 だが、エルレアはそれ以上の追及をせず、鼻で笑い飛ばした。今の自分には、あの神を呪うよりも先にやるべきことが山ほどある。


「まあ、いいわ。今日の私は最高に気分が良いの」


 エルレアは、ドサリと窓口に置かれた山盛りの依頼報酬――まばゆい金貨の山を、血の滲む両手で強欲にかき集め、懐へと収めた。


 そして、未だ怯えの残る戦友たちに、不敵で、酷く美しい笑みを向ける。


「今回のあなたの無礼、私の命に免じて『莫大な貸し』にしておくわ。きっちり利息をつけて返してもらうから、精々長生きしなさい」


 あっけにとられる一同を背に、エルレアはひらりと片手を上げ、ギルドの重い扉を押し開けた。


「それじゃあ、私は次の『投資』があるから失礼するわ」


 差し込んできた眩しい朝日の向こうへ、彼女は力強く、確かな一歩を踏み出した。


 あの惨劇の夜を越えて。神の呪いすらも軍資金に変えて、自らの足で、新しい運命を買い漁るために。





読んでくださりありがとうございます!

これにて過去編は終了です。

次回から現在の時間軸に戻ります。

引き続きお付き合いいただけましたら嬉しいです。

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