第48話【過去編】銭ゲバ令嬢の有料保険
エルレアは持ち前の知識を活かし、他の冒険者が持ち帰った「ゴミ同然の魔物の素材」を格安で買い取り、実用的な魔道具へリサイクルして売る内職を始めた。
ギルドの依頼で魔道具の修理を請け負う事もある。
初めは「無能力者の元お嬢様」と揶揄されていたが、彼女の魔道具作りの腕は確かなもので、遠巻きに見ていた冒険達も次第に彼女を認めていった。
「……で、これが次の依頼の魔物の分析結果。戦い方はこの書類にまとめてあるわ」
エルレアは、羊皮紙が擦り切れるほど緻密に書き込まれた『攻略書』をバンと机に叩きつけた。
「弱点になる雷属性を、あんたたちのボロ武器に付与しておいたわ。……魔導刻印で事前に仕込んだ術式だから、三時間はもつ。全部で金貨十枚ね」
「待て待て! 実戦にいくのは俺達だぞ!? 高すぎだろ!」
ラムダが色をなして机を叩くが、エルレアは冷徹に、計算高く笑う。
「あら、高いかしら? 私の計算だと、この書面通りに動けば負傷率はゼロ、討伐時間は三分の一に短縮されて、ポーション代と宿代が金貨十二枚分は浮く計算よ。差し引き金貨二枚の『黒字』。嫌なら他のパーティーに――」
「クソ! 買いだ、買うよ! 相変わらず銭ゲバ令嬢だな!」
「くつくつ……ええ、商人にとって『銭ゲバ』は最高の褒め言葉よ。ありがたく頂戴するわ」
エルレアは、手に入れた金貨の重みを指先で楽しみながら、悪びれる様子もなく微笑んだ。
その貪欲な瞳に、ラムダは「もう、元お嬢様なんてかけらもないな……」と肩をすくめる。
「ねえ、エルレア。いっそのこと、私たちのパーティーに専属で入らない?」
それまで黙ってやり取りを見ていた前衛のララが、身を乗り出して提案した。
「おい、やめとけよララ。知識や魔道具の腕は確かでも、こいつは魔法が使えないんだぞ? ダンジョンじゃ足手纏いだ」
「何言ってるのよラムダ。あんたさっき、エルレアの防護魔道具がなかったら腕の一本持って行かれてたじゃない。毎回こうしてギルドで高い情報料を払うくらいなら、最初からサポーターとして同行してもらった方が、お互いに実入りが良いでしょ?」
「それは、まあ……そうだけどよ」
ぐうの音も出ないラムダを尻目に、ララは「ねえ、どうかしら?」とエルレアに視線を送る。
(……悪くない話、か)
エルレアは、顎に手を当てて小さく脳内天秤を傾けた。
ギルドの安物素材だけでは、研究の効率が悪すぎる。狙うべきは、危険な未踏の地――魔物が稀に体内に宿す、純度の高いコア。
市場には滅多に出回らない『野生の魔石』。
魔物が長い年月をかけて体内で魔力を凝縮させた結晶で、個体ごとに性質も純度も大きく異なるが、その分、適切に加工すれば通常の魔石を遥かに凌ぐ出力を引き出せる。
(つまり、危険な現場に行けば行くほど、タダで高品質素材が手に入るってことね)
「いいわよ。その条件、乗ったわ。――荷物持ち兼、鑑定士。サポーターとして、臨時で同行してあげる」
こうして、利害の一致したエルレアは、彼らのパーティーに潜り込むことに成功した。
――作戦当日。ギルドの薄暗い個室に、臨時の顔ぶれが揃う。
前衛を担うラムダとララ。後方から狙い澄ますボーガン使いのジョージ。サポーターのエルレア。
そして――最後に部屋の隅で、おどおどした様子で杖を握りしめている、見習い魔導士の少年、ルカ。
これが、全ての始まりとなるメンバーだった。
「今回の依頼は、北の山にある『大鎌の洞窟』の探索だ。巣食っているのは闇属性の魔物だから、通常の物理攻撃は通りにくい。……そこで今回、臨時の戦術補助兼サポーターとしてエルレアに入ってもらった」
ラムダが地図を広げながら、メンバーに依頼内容の確認とエルレアの紹介を行う。
「よろしく。早速だけど、私の特製魔道具――浄化の魔導刻印済みの短剣を渡しておくわ。刃が溢れると効果が半減するから、トドメを刺す時以外はいつもの武器と使い分けて頂戴」
エルレアは流れるような手際で、人数分の短剣をテーブルへ並べていく。
「おい、銭ゲバ令嬢。どういうつもりだ?」
ボーガン使いのジョージが、並べられた短剣をひったくるように掴み、エルレアを忌々しげに睨みつけた。
「俺たちに命がけで戦わせて、自分は後ろで安全に戦利品を掠め取るつもりかよ」
「ちょっと、ジョージ! やめなさいよ! ……ごめんね、エルレア」
ララが慌てて割って入りジョージを諫めるが、彼は舌打ちをしてぷいと壁に寄りかかってしまう。
この手の反発は想定の範囲内だ。エルレアは気にした風もなく肩をすくめた。
「掠め取るなんて人聞きの悪い。これは命を守るための『有料保険』よ。正当な『初期投資』と『情報開示』をしているだけ。利益を出して無事に生きて帰りたければ、黙って私の指示に従うことね」
エルレアは最後に、部屋の隅で小さくなっていた少年の前へと歩み寄る。
「あ、あの……ボク、見習い魔導士なんですが……ボクも武器が必要ですか? 剣なんて、持ったこともなくて……」
短剣を差し出されると、ルカは大きな薄青い瞳を不安そうに揺らした。
「当然よ。魔導士だって魔力が枯渇する状況に陥ることはあるわ。腕が二本動くなら、刃物の一本くらい簡単に持てるでしょう? 『手札』は多ければ多いほどいいのよ。――どんな窮地でも、いつでも敵の喉元に噛みつけるようにね」
くつくつ、と不敵に笑いかけるエルレア。
するとルカは、ほんのりと頬を朱に染め、憧れを隠しきれないといったキラキラした目でエルレアを見上げた。
「……なるほど。そういう考え方、面白いです」
薄い茶色の髪を揺らしてそう言った少年は、ほんの少しだけ首を傾げて続けた。
「その戦い方なら、魔力消費を抑えながら後方支援に回るのが合理的ですね。……ボク、頑張ります」
その言葉に、一瞬だけエルレアは目を細める。
(……理解が早いわね。この子)
だがすぐに、思考を切り替えた。
(まあ、素直なタイプならこういう反応もあり得る)
健気に微笑むルカの姿は、ほんの少しだけ――出会ったばかりの頃の、あのカイルに似ていた。
(カイルも昔は、これくらい素直で可愛い男の子だったのよね……。いつの間にか、口うるさい生活指導のオカンみたいになっちゃったけど)
ほんの少しだけ、胸の奥を懐かしい温かさが掠めていく。
エルレアは無意識のうちに、いつもの刺々しい笑みを緩め、歳の離れた弟を見るような優しい微笑みを少年に返していた。




