第38話 【断罪】勝手に婚約発表した実家が、私が仕込んだ『偽物の招待状』で自爆して国家不敬罪で捕まるまで
「……ねえ、あの方どなた?」
「隣の従者も、とんでもない美形ね。まるで人ではないみたい……」
ざわめきが次第に波紋のように広がっていく。
壁際にいるだけだというのに、彼女の周囲だけ異様に目立つ。気怠げな美貌を隠そうともしないネム。そして、第五王子カイル。
二人に守護されるように立つエルレアへ、会場中の視線が集中する。
その異様な注目を、あろうことか「好機」と捉えた男がいた。エルレアの父親、アストレイン子爵である。
(あの無能がなぜここに……いや、好都合だ。これだけ注目を集めているなら、今ここでエヴァンス伯爵への売却、いや婚約を発表すれば、我が家の格も資金調達も一気に跳ね上がる!)
会場入りしたエヴァンス伯爵――ディートリヒの姿を視界に捉えたアストレイン子爵が、酒気を帯びた声で高らかに宣言する。
「皆様、ご注目いただきたい! 本日はめでたく、我が娘エルレアと、ディートリヒ・フォン・エヴァンス伯爵との婚約を正式に――」
「――待ちなさい」
静かな一言だった。だが、刃のようなその声が、大広間の熱狂を氷結させる。
エルレアがゆっくりと一歩、前へ出た。
そして、懐から取り出した「それ」を掲げた瞬間、周囲の貴族たちが激しくどよめく。
「……金印!? まさか、本物か!」
アストレイン家当主のみが継承する、絶対権限の証。
父の顔から、血の気が一気に失せた。
「ば、馬鹿な……。なぜ、死蔵されていたはずのそれを、お前が……!」
エルレアは冷ややかに唇を吊り上げる。
「婚約契約書。事前に精査させてもらったけれど、致命的な欠陥があるわね」
彼女は黄金の印章を突きつけた。
「――当主承認印が存在しない」
広間が静まり返る。
「アストレイン家の正式な契約には、当主の魔力署名と金印認証が必須。つまりその紙切れは、法的効力を持たない不渡り手形よ」
「……な、何を言う! 金印など、どこから盗み出したか分かったものではない!」
父が顔を真っ赤にして叫ぶと、横から義母が勝ち誇ったように、懐から王家の紋章入りの封筒を突き出した。
「そうですわ! そもそも、王家から正式に舞踏会へ招かれたのは、わたくしたちアストレイン本家ですのよ。招待状こそが、王家公認の証。それを持ちもしない貴女が当主を名乗るなんて、それこそ不敬罪ですわ!」
「お姉様、残念でしたわね。王家は『本物』をわたくしたちに預けたのよ」
ジェシカも歪んだ笑みを浮かべ、見せびらかすように招待状を掲げた。
会場の貴族たちが「そうだ、招待状はどうなっているんだ?」とざわめき始める。
だが、エルレアは眉ひとつ動かさず、ただ哀れなものを見るような視線を二人へ向けた。
「……ええ、そうね。招待状は『本物』でなければ意味がないわ」
エルレアが合図を送るより早く、彼女の隣に立つカイル王子が、冷ややかな声で告げた。
「衛兵。その『紙切れ』を検めよ」
「はっ!」
近衛兵がジェシカの手から招待状をひったくるように奪い取り、鑑定用の魔道具にかける。
直後、魔道具は不吉な赤色に点滅し、広間に無機質な警告音が響き渡った。
「――魔力認証、失敗。アストレイン家の魔力は感知しますが、王家の隠し紋章が存在しません。これは……偽造品です」
「なっ…………!?」
義母とジェシカの顔から、一気に血の気が引いた。
会場中が「偽造!?」「王家を担ごうとしたのか!?」という驚愕と蔑みの声に包まれる。
「そんなはずはないわ! 私は確かに、あの侍女に……!」
口を滑らせかけた義母を、エルレアの冷徹な声が遮る。
「あら。侍女を使って私に偽物を掴ませて追い出そうとした……その計画のことかしら? 残念だったわね。貴女が踏みにじったその『小さな駒』は、私に投資されることを選んだのよ」
エルレアは優雅な仕草で、自身の懐から「真実の輝き」を放つ招待状を取り出した。
「本物はこちらよ。――お父様、お義母様。王家への不敬、および公文書偽造。これだけの負債を抱えて、まだ『経営』を続けるつもり?」
アストレイン家の崩壊を決定づける、最後の一撃。
ジェシカはガタガタと震え出し、義母は扇子を落として呆然と立ち尽くす。
自分たちがエルレアを陥めるために用意した「罠」が、そのまま自分たちの首を絞める絞首刑の縄へと変わった瞬間だった。
「エルレア!お前という奴は……!」
父が激昂し、その腕を振り上げた、瞬間。
カイルが静かに歩み出た。その瞳には王族としての冷徹な裁きが宿っている。
「アストレイン子爵。王家監査権限に基づき、君の長年に渡る不正流用、および継承権限の不当占有を確認した。君は経営者としても、当主としても失格だ」
静かな、しかし確実な断罪の声が広間に響く。
「現時刻をもって前当主の権限停止を宣告する。正統継承権、および金印保持を確認――アストレイン家全権を、エルレア・アストレインへ正式に移譲する」
誰もが、壁際で虐げられていたはずの令嬢を見つめていた。
だが今、そこに立っているのは、腐敗した家を丸ごと買い叩き、支配者として君臨した「女王」だ。
エルレアは、胸元のブローチにそっと触れる。
(お母様……今から全てを精算します)
彼女は、獲物を射抜くような翠色の瞳で笑った。
「さて――ここからは、溜まりに溜まった『債権』を回収させてもらうわよ」




