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第11話 世界中に振りまいた愛が、ただの不法投棄(産廃)だった件について

 


 彼は冷徹な瞳で、自身の影を凝視する。汚染された魔素が、自身の魔力と混ざり合い、意思を持ったかのように蠢く「それ」を。


(――この、ドロドロとした不快な感触。前にも、どこかで……)


 その瞬間。カイルの脳裏に、強烈なフラッシュバックが走った。


「……っ」


 心臓が強く掴まれたような衝撃が走り、息が出来なくなる。


「――地下第十四階層の……」


 ――そう、地下第十四階層の、暗い廊下に響く足音。

自分の浅い呼吸と心臓の音だけが、やけに耳につく。見てはいけない「感情を魔力に変える」巨大な装置。そして――。


(……、……?)


 眩い光と共に、記憶の断片が弾けた。


「白い、羽根……?」


「え?」


 カイルの呟きに、エルレアの心臓が跳ねる。


「く……っ」


 彼の心臓に刻まれた「忘却の鍵」が、ガチリと音を立てて震えた。


 カイルの乱れたシャツの隙間から、冷たい魔力の濁流を放つ刻印が浮かんでは消える。その拒絶反応の光の中に、一瞬だけ、引きちぎられた「白い羽根」のような不吉な幻影が揺らめいた。


「ちょ、ちょっと、カイル?すごい汗よ……?」


 突然胸を押さえて崩折れたカイルをエルレアは支えた。苦しげに浅い呼吸を繰り返し、瞳孔はひどく不安定に揺らいでいる。


「……っ、だい、じょうぶ、少し、疲れただけ……」


 俯いたカイルの顔を覗き込むと、その表情は感情が抜け落ちているようだった。


(似ている……私の刻印と)


 エルレアは無意識に自らの首筋に手を当てた。カイルと違うのは、深く刻まれて常にそこにある事だ。

 鈍く刻印が疼く。だが、これを押さえつける術はすでに身につけている。


「ちょっと、気持ち悪かったらごめん」


 彼女は魔石を握りしめると、手の甲の魔法陣を発動し、カイルの乱れた魔力の奔流に、自身の魔力を荒っぽく流し込んだ。


 遠慮も慈悲もない、強欲なまでに密度の高い魔力。――けれど、それは凍りついたカイルの芯を溶かす、懐かしい熱を持っていた。


 カイルの瞳は次第に温度が戻り、呼吸も穏やかさを取り戻していく。


「……ごめん。一瞬、頭の中がひどく濁って……何も、思い出せないんだ」


(……カイル、あんた一体魔塔で何を背負わされてるわけ?)


 渦巻く疑問と驚きに目を瞑り、エルレアは不敵に笑った。


「何よ、幽霊にでも取り憑かれたような顔しちゃって。……いいわ、その『白い羽根』の正体も、アンタの影の汚染も、全部まとめて私が査定してあげる!」


 カイルは眩しそうにエルレアを見上げ、震える呼吸を整えた。


「ねぇ、この影、カイルの魔力と……この魔塔の地下から漏れ出てた腐った魔素の匂いが混ざってるよ」


 ネムが足元でのたうつ影を、忌々しいものを見るように眺めながら言う。


(夢魔特有の嗅覚、か。魔塔のおかしな実験が影響してるのは間違いなさそうね)


「……待って。この魔力波長、カイルの本来のものじゃないわ」


 エルレアは思考を巡らせながら、魔石を影にかざし、慎重にその魔力構造を読み解いていく。


「『負の感情』を意図的に変質させた反応……それに、ファンの熱狂的な思念が混ざってる。カイルがステージでバラ撒いた『愛の言葉』を接着剤にして、汚染魔素と結合してるんだわ……!」


「思念……そうか、僕は知らない間に魔塔の実験の汚染魔素を吸収して、ばら撒いていたのか……?」


 回復したカイルが立ち上がり、足元の影を見下ろした。影はカイルが近づくにつれて強く蠢き、「カイルゥ……アイシテルゥ……」と叫び出す。


「……つまり。僕の結界をすり抜けたのは、僕がファンに向けて放っていた魔力を取り込んだこの思念体を、結界が『僕自身』だと誤認したから?」


「そう。あんたの結界が完璧だからこそ、パスポートもなく通しちゃったのよ。この、愛の不法投棄のゴミをね」


 カイルはエルレアのパワーワードに凍りついた。


「ゴミ……僕の愛は……不法投棄……」


 カイルの肩が微かに震える。

 それは傷ついた王子の嘆きというより、最高級ブランドだと思っていた自社製品を『粗大ゴミ』と断じられた商人の絶望に近かった。


「僕が世界中に振りまいた愛は……ただの産廃だったのか……」


 彼は虚ろな瞳で、「アイシテルゥ……」と蠢くゴミを見下ろし、ぶつぶつと呟き始めた。

 打ちのめされたカイルを意に介さず、エルレアは言葉を続けた。


「この怪物を実体化させるには、もっと純度の高い『嫉妬』と『執着』が必要よ。……カイル、あんたのファンが一番発狂するシチュエーションは何?」


「……そう、だね……僕に、特定のパートナーができること……かな」


 カイルは虚ろな目をしたまま答える。

 エルレアはしばし逡巡し、思いついたかのように手をポンと打った。


「カイル、デートしよう」


「えっ?」


 瞬時に、カイルの瞳に爆発的な光が戻った。


(え……?デート? それって、エルレアが僕を男として――!?)


 一瞬で脳内お花畑モードに切り替わった王子が、期待に頬を染めて顔を上げる。


 ――もちろん、強欲取り立て魔導士の脳内にあるのは、1ミリのロマンスもない「おとり捜査ビジネス」の作戦書だけだった。


「偽装デートで、アンタのファンを煽って、その化け物を物理的に引きずり出すわ。……あ、もちろんデートの同伴料は『危険手当』として別料金よ。ひっひっひっ!」


「偽装、デート……うん、デートか。いい案だね」


 エルレアの極悪な脅し文句を脳内で都合よく全カットしたカイルは、カイルの表情が劇的に明るくなり、完璧なアイドルのオーラで辺りを照らし出す。


「任せて、エルレア。最高のデートを演出するよ。エスコートも、プレゼントも、すべてが完璧な……僕と君だけの、特別な一日をね」


 カイルが熱っぽい瞳でエルレアの手を取ろうとするが、彼女はすでに帳簿を取り出し、計算に没頭していた。


「エスコート費用、追加請求っと。デート中の飲食代、移動費……。あ、プレゼントは換金可能な宝石限定でよろしく。ひっひっひっ!」


「……あー、ボクはデートには付き合わないよ。――外で見てる方が面白そうだしね」


 ネムは底冷えするような笑みを浮かべ、足元の影を踏み潰す。ネムの踵が影を捉えた瞬間、不快な影の蠢きが、空間ごと削り取られたかのように消失した。


「……う。ちょっと味見してみたけど、やっぱり塩辛い……」


 物理的な打撃ではない。そこにあるはずの『存在そのもの』を食み、消し去るような、根源的な断絶。


 一瞬、カイルが心臓を突かれたように顔を強張らせ、影が彼と同じ声で断末魔を上げた気がしたが、ネムはそれを大きなあくびでかき消した。


「ひっひっひっ!さあ、囮作戦を練るわよ!世界一高価なデートにしてあげるから、覚悟しなさいカイル!」


 エルレアは気合いを入れて拳を握る。

 だがその背後で――カイルが、獲物を仕留めた確信と深い独占欲を滲ませたような微笑み浮かべているのには気付かなかった。




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