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横取り女、地に堕ちる  作者: 吉田ルネ


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7/8



「制服を着ていなければ、わからないんだから」

 領主様にそう説得されて、「なるほど、それはそうだな」とキャシーたちは納得し、田舎にはない百貨店とか動物園とか広大な公園とか、あるいは目抜き通りの高級洋品店なんかを見て回った。案内してくれたのは、タウンハウスの侍従である。

 パーラーなるものに初めて入って、アイスクリームを食べた。

 天上の食べ物だった。

 侍従は、女子のハートのツボをしっかりと把握していて、連れて行ってくれたところは全部楽しかった。

 キャシーたちは、噂なんかすっかり忘れて満喫したのだった。




 そして迎えた謁見の日。

 正面に玉座。その下に向かい合うようにエドワード殿下。中身のない右腕はだらりと下がったまま、なんともたよりない。それなのにエドワード殿下はきりっと顔をあげて、凛々しい。

 その後ろに軍の偉い人たちと領主様。

 キャシーたちはさらにその後ろに、いつもの看護婦の制服(新品が配られた)で息を詰めるように整列していた。いつも以上にきっちりと髪を結い、化粧は最低限。口紅なんかつけない。ワセリンでつやを出すのが精々。

 わたしたちは真面目に仕事をしていたんですよ。本当ですよ。

 そんな無言のアピールだ。


 横には貴族のみなさまがずらりとならんでいらっしゃる。視線が刺さる。

 ああ、こいつらが男あさりをしている看護婦たちか。

 きっとそう思っているんだ。

 この中にマイヤー公爵ご夫妻もいらっしゃるはず。

 ああ、憂鬱だ。全部やつらのせいだ。


 やがて王家専用の扉が開いて、国王夫妻のご入場だ。機嫌が悪そうに見えるのは気のせいだろうか。

 続いてリチャード&キャロラインのバカップル。リチャードはちょっとニヤついているし、キャロラインに至っては満面の笑みだ。


 おいおい、なんで笑っている?

 多大な犠牲を出した戦争の報告の場だぞ。

 この場にいる何十人だか何百人だかの中で、笑っているのはあんただけだ。おかしいだろう?

 こっちはあんたのせいで、風評被害を被っているのだが?

 その点については、説明はあるのか?


 …………‼

 なんてことだ。こともあろうか、キャシーたちに気が付くと、キャロラインはこちらに向かって手を振ったのだ。

 ヤメロ、風評被害が増す。

 両脇の貴族たちから、密かなため息が漏れた。




 今回の終戦は停戦である。

 にっちもさっちもいかなくなった膠着状態の中、第三国の仲介があって両国が拳を下ろした形である。

 残った傷は大きい。王家は戦後処理に苦労するだろう。


 だからこそ、こんなスキャンダルなどもっての外なのに、それどころじゃないのに、当の本人たちが一番わかっていないというオチ。

 国王夫妻が渋面になっても仕方がないのかも。




 費用やら人員やら犠牲者やら、様々な報告が一通りなされて、あとはエドワード殿下からの締めのあいさつとなった。


「昨今、戦地について不名誉なうわさが出回っているようですが」

 と殿下は切り出した。不名誉なうわさってアレですよね。

「見ていただきたいものがございます」

 殿下が合図すると、召使がトレーを持って近づいてくる。乗っているのはなんだか小汚い布だ。召使はトレーを小脇に挟むと、それをぱっと開いて見せた。


「うげっ」

 思わず声を出したのは、キャシーだけじゃなかった。ローラもほかの2人の看護婦もだ。


 それは野戦病院で使っていた看護婦のエプロンだった。

 それもたぶん、エドワード殿下たちが大ケガを負った日の。

 べっとりと広範囲に血が付き、ヨードチンキや泥のシミも付いている。深刻な出血だったのは想像に難くない。

 周囲から悲鳴が上がった。


「これは看護婦たちのエプロンです。ご覧の通り血まみれです。マイヤー公爵」

 エドワード殿下はマイヤー公爵夫妻に向き直った。

「これはフレデリックを看取った看護婦のものです」

 げ! わたしのだった! キャシーは思わず背筋を伸ばした。

 夫妻は「おお……」と悲痛な声を漏らした。夫人は両手で顔を覆ってしまった。


「フレデリックだけではありません。彼女たちは毎日こんなふうに汚れることも厭わず、大勢のケガ人を看護しているのです。貴族も平民もありません。みんな等しく公平に看護をしていたのです。もちろんわたしもです。

 残念ながら命を落とした者も大勢います。腕や足を失った者もいます。失明した者や気を病んでしまった者もいます。その全員を、彼女たちは親切に丁寧に接してくれました。

 それにわたしたちはどれだけ救われたか」


 すすり泣きが聞こえる。


「わたしは腕を失くしましたが、それでも希望を持って復帰できたのは彼女たちの献身的な看護のおかげです。

 ああ、彼女たちは決して専属などではありません。1人でたくさんの患者を担当しているのです。孕むようなマネをする時間は1秒たりともありませんでしたよ」


 ざわざわざわ。

 うわあ、言っちゃった。キャシーはそーっとキャロラインの顔を見た。さすがに笑みは引っ込めて、かわりに頬が引き攣っている。隣のリチャードは真っ青な顔で表情を失くしている。

 自分たちが仕出かしたことの重大さ、ちょっとは理解しましたかね。


「戦地の看護婦が救った兵士は数知れず。みんな感謝しております。彼女たちは誇り高き看護婦。まごうことなき戦場の天使です。誰かのせいで貶められていいものではないのです」


 ずずっ。となりでローラが鼻をすすった。ほかの2人もだ。

 キャシーの目からも涙が流れていた。


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