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横取り女、地に堕ちる  作者: 吉田ルネ


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6/8



 退院してからも殿下は診察のために病院を訪れた。キャシーは何度か顔を合わせた。


「もうお仕事されているんですね」

「ああ、やることはたくさんあるからね」

「腕、不便じゃありませんか?」

 なにせ利き腕を失くしたのだ。

 そうしたら、エドワード殿下は胸ポケットから万年筆を出すと、その辺の紙切れに器用にサインしてみせた。


「あら」

「ふふっ、左利きなんだ」

 いたずらっぽくにやりと笑った。

「不幸中の幸いだね」

 こういうところだぞ。このハート泥棒さんめ。

 この人は、この先どんなことがあっても、笑い飛ばしながら進んでいくだろう。

 ほんとうに、この人が王様になってくれたらいいのに。




 そんなキャシーの憧れとも恋心ともつかない想いは、時代の潮流に流されていく。




 軍が引き上げる。

 キャシーたち看護婦も、なぜか領主と一緒に王都へ行くことになった。キャシーとローラと、あと2人。看護婦の初期メンである。エドワード殿下が言っていた「直接渡す機会」なのかもしれない。

 王都では国王陛下への謁見があるという。

 そ、そんな。なぜ、看護婦が?

「なにか、殿下にお考えがあるようだよ。きみたちはわたしの横に立っていればいいから」

 領主様がさっくりと言った。いやいや、謁見の間に行くだけで足が震えるんですが。

「ははは、わたしもだよ」

 領主様、笑ってごまかすな。


 そんなときに、またしても爆弾が投下された。


 ――キャロライン嬢、ご懐妊。現在妊娠6か月。


 おいこら。まさしく「献身的な看護」の真っ最中だったじゃないか。

 戦場でなにをしてやがる。しかも、まだ結婚前なのに。王太子、それでいいのか。

 元々下がっていた王家への信頼は、さらに落ちた。


 やはりエドワード殿下が国王になるべきでは?

 そんな声が、大きくなった。


 そして、なんとリチャードには婚約者がいたという。

 うっそ! マジで⁉

 キャシーはびっくりした。知らなかったのだ。だって、興味もなかったし知らなくて困ることもなかったし。


 最大級の横取りじゃん。

 開いた口が塞がらない。

 リチャード、それでいいの? そんなんで、王太子が務まるの? これっぽっちも信頼できないが。


 しかも。

 婚約していたのは、マイヤー公爵家のご令嬢だという! フレデリックの妹だ。

 なんてことだ! 顔を合わせたら「どうして止めなかったのだ」なんて文句を言われるかもしれない。

 もう、憂鬱の極み。


 キャロラインの婚約クラッシャーとしての悪評は知れ渡っている。こんな簡単に横取り女との結婚を認めていいのか。


 そんな女を、将来王妃として奉らなければならない。

 クラッシュされた関係者にとっては、ただの屈辱である。王家の信頼が失墜しているのには、それもあるのだ。


 リチャード、そんなこともわからんのか? バカじゃない? ただただ性悪横取り女に転がされているバカ男だ。

 いいのは見た目だけ。エドワード殿下の優秀さがますます際立つ。


 そもそも、なにしに戦地へ行った?

 子息を失った貴族だってたくさんいるのに。息子が命を懸けて戦っていたときに、王太子はいったいなにをしていたのだ⁉

 そりゃあ、反発が大きくて当然。




 噂は思わぬ方向へ向かう。

 ――看護婦は男あさりに戦場に来ている。

 そんな噂話が、ささやかれ始めた。

 教えてくれたのは領主である。

「王都では、そのように言われているらしくてね」

 とても言いにくそうに彼は話した。

「もちろんきみたちが、そんなことをしていないとわかっているよ。でも王都の人々は何も知らないだろう? 知らないままに、噂を鵜呑みにしているんだ。きっときみたちは嫌な思いをする。エドワード殿下が、そんなことがないように気遣ってくださるというけれど、それでもやっぱり悪意を向けられることは避けられないと思うんだ」


 ……なんでわたしたちが。

 わたしたちは、領主様に頼まれて看護婦になっただけなのに。王都からやって来たベテラン看護婦にきびしく指導されて、半べそを掻きながらようようやってきたというのに。

 キャロラインが雑に巻いた包帯を、何回も巻き直したというのに。

 なんでわたしたちが、そんな悪口を言われないといけないんだ。


 男あさりに来たのはキャロラインだ。


「行きたくないです」

 これがキャシーたちの総意。

「すまないね」

 これが領主様の答え。

 はあ。ため息しか出ない。




 行程はおよそ3週間。片道5日。王都に1週間滞在。行きは帰還する王国軍と同行。帰りは領主様の一行単体で。

 馬車は領主様が出してくれて、滞在先も領主様のタウンハウス。

 領主様はいろいろと仕事やあいさつ回りなんかがあるから、キャシーたちは王都見物でもするといいよ、と彼は言ってくれた。


 が、あんな噂をされていると思うと出かける気にもならない。

 キャシーはもちろん、ほかの3人も王都へ行くのははじめてだ。王都へ行ける、と舞い上がった気持ちは一瞬でダダ下がった。

 悲しい。


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