8
「キャシーさん」
エドワード殿下が呼んだ。
「これを」
召使がトレーを持って立っていた。上にはあのガーゼの包み。キャシーはうなずいて、マイヤー公爵夫妻の前に進み出た。それから渾身のカーテシーをした。
召使から受け取ったトレーを公爵の前に捧げる。
「フレデリック様から託されました」
公爵は震える手でガーゼを取る。日にちが経ってガーゼはだいぶよれてしまったが。
開いたガーゼの中には、血と泥がついた明るいブラウンの髪。公爵と同じ色だ。
見るなり夫人は、たまらずに公爵に縋りついた。嗚咽が漏れる。
「フレデリック様は愛していると伝えてほしいと、おっしゃいました」
声が震える。ちゃんと伝わっただろうか。
あたりからもすすり泣きが聞こえる。
「ありがとう。それではフレデリックはひとりぼっちで逝ったわけではないのだね?」
「はい、不肖わたくしが看取らせていただきました。りっぱな最後でした」
「そうか」
そう言って、公爵は目頭を拭った。
***
あれから半年。
キャシーとローラは、元戦場だった故郷で看護婦をしている。
半年たってもいまだに治療が必要な患者はいるのだ。
ほかの看護婦たちは辞めてしまい、何人かが入れ替わった。おもに新人。貴族令嬢から平民までなり手が殺到。
キャシーたちはいまや中堅である。
領主様の敷地にあった軍の野営地は撤去されて、もとの広い草原に戻った。元々あった病院は増築して、かなり大きな病院になった。入院設備完備の王都並みの大病院である。
あの件で、看護婦は小さな女の子の憧れの職業になった。町では母親に作ってもらった看護婦の制服を着た女の子をよく見かける。真っ白なナースキャップとエプロンは平和の象徴。
「あっ、かんごふしゃーん!」
そんなふうに手を振ってくる。看護婦はいまや人気者だ。
それもこれも、エドワード殿下のおかげである。
あの日、声を出せなかったキャシーたちの代弁をしてくれたから。なにしろ相手はリチャード殿下とその婚約者である。物申すことができる人間は限られている。
エドワード殿下は、それができる数少ない人物だった。
看護婦に対する悪評は一掃され、かわりに矢面に立ったのはリチャード殿下とキャロラインだ。
聞くところによるとキャロラインは、わが世の春とばかりにずいぶん王宮でも我が物顔にふるまっていたらしい。当然召使たちにも嫌われた。
結局リチャード殿下は、誰にも庇われることなく王太子を失脚した。
「たのむから、なにもせずにじっとしていてくれ」
国王陛下にそう言われて、王都から離れた避暑地にある離宮でキャロラインと2人籠っているという。事実上の軟禁だ。
もちろん社交なんてするわけもない。
かわって王太子になったのは、もちろん我らがエドワード殿下だ。
ひゃっほう!
このニュースを聞いたとき、キャシーとローラは手を取り合ってそう叫んだ。
この決定は貴族たちの反対もなかったという。
当然。
それと最大級の爆弾がひとつ。
”エドワード殿下とマイヤー公爵家ステファニー嬢、婚約!”
新聞の一面を、仲睦まじい様子の2人の写真が飾っている。
そう、リチャードに婚約破棄されたフレデリックの妹である。
え? そうなるの?
もしかしてはじめからそういうつもりだったのかな?
「きっとそうよ」
ローラが訳ありげに声を潜めた。昼食時である。病院の食堂で、キャシーとローラは白身魚のフライを前に、新聞をのぞき込んでいた。
「あれー? わたしたち、ちょうどよく使われちゃったのかなー?」
「この様子だもの。エドワード殿下が仕組んだんだわ」
この様子、とローラが言うくらいぴったりと寄り添っている2人である。元から婚約者だったみたいに。
「……腕は?」
ローラはしばし考える。
「たぶん、その時に思いついたんだわ。ずっとステファニー様に思いを寄せていたのよ。ステファニー様もきっと。でもリチャがいたからあきらめていたのね。おかわいそうに。それなのに、アレだもの。もう遠慮なく奪い取りに行ったんだわ。さすがエドワード殿下」
見てきたようですね。キャシーは遠い目をした。
うん、そうね。きっとそう。
キャシーの淡い恋心は色が褪めていく。
「よかったわ。お二人が幸せそうで」
そのキャシーは、というと。
「やあ、キャシー。迎えに来たよ」
仕事が終わって、通用口を出たところだ。満面の笑みで迎えたのは領主様の子息デヴィッドである。
「そんな、毎日毎日……」
「来るよ、毎日毎日。さあ、乗って」
流れるように馬車へとうながされた。
「今日はぜひ、うちで食事を」
「ええっ⁉ ご領主様のお屋敷なんて伺えませんよ」
「いやいや。父も母もぜひって言っているんだよ。カモのローストを用意したんだ。好きだろう?」
なんで、わたしの好物を知っているんですか。
こんなふうに口説かれまくっている。
悪い気はしない。
おしまい




