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横取り女、地に堕ちる  作者: 吉田ルネ


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4/8



 第2王子エドワード殿下は着任するなり、最前線に立った。

 え? マジで?

 また、破片が刺さって戻ってくるんじゃないの?

 もはや王族の威信は地に堕ちていた。あいつらのせいで。


 おそらくそんな空気を打破するために、エドワード殿下は戦場に送り込まれて来たのだ。尻ぬぐいだ。ちょっと気の毒。

 誰も期待はしていなかったのだが。




 蔓延したそんな空気を一掃するくらい、エドワード殿下は優秀だった。

 綿密な作戦を立て、前線に立って指示をする。突破する。敵の裏をかく奇襲作戦なんかもあって、戦況は一変した。

 ジリ貧だった前線を徐々に押し上げ、わが軍は有利に立った。

 とうぜん、兵士たちの士気は上がる。医者も看護婦も、炊事係も洗濯係も、食材を下ろしに来る農民も。みんなの顔が明るくなった。

 きっと勝てる。エドワード殿下ならば、勝利に導いてくださる。

 終戦も見えてきた。


 いろんなことがあって(笑)激重だった空気が、エドワード殿下のおかげで一気に明るくなった。

 天使だ。戦場に咲く大輪のバラとはあなたのことだ。

 キャシーもローラも、ほかの看護婦たちも「きゃあきゃあ」と浮かれまくった。


 エドワード殿下はリチャード殿下によく似ていて、たいそう見目麗しい。短く刈った金髪。晴れ渡った空のような鮮やかなブルーの瞳。

 物腰は柔らかいけれど、きっぱりと筋を通す物言い。上に立つ者の器量を備えている。司令官も一目置くほどだ。

 しかもリチャード殿下よりもがっちりとしていてたくましいときている。2才下だというが、頼りがいのある事、この上ない。

 似ているのは、見た目だけで中身はエドワード殿下のほうがずっとずーっといい。


 しかも、部屋にこもったりしない。食事だって食堂で下っ端兵士とならんでおなじものを一緒に食べる。話だってする。要望も聞く。聞いたらすぐに検討して叶えられるものは叶える。

 兵士たちの心を掴むのは、あっという間だった。


 それは看護婦たちも同じ。キャシーもローラも食事をご一緒した。ただのポークソテーが天上の食べ物のように思えた。

「わたしたちが前線で思いっきり戦えるのは、きみたちがいてくれるからだよ」

 そのことばに、キャシーたちは舞い上がった。看護婦たちのハートも鷲掴み。


 この人が国王陛下になったらいいのに。

 口には出さなくても、みんながそう思っているのは明らかだった。




 終戦は近い。


 そんなとき、悲報がもたらされた。


 エドワード殿下、重傷。




 担架で運び込まれた殿下は血まみれだった。運悪く、近くに爆弾が落ちた。そして爆発に巻き込まれたのだ。

 肩の先から右腕がなくなっていた。


「助けてください! お願いします!」

 運んできた兵士が泣き叫ぶ。

 殿下だけではない。ほかにもケガ人が数名。中でもマイヤー公爵家のフレデリック・マイヤーは意識不明の重体だった。

 エドワード殿下の盾になって、がれきの直撃を受け、わき腹がえぐれていた。


「ぼくはいい! フレデリックを助けてくれ!」

 エドワード殿下が叫ぶ。




「その人の処置はしない」

 フレデリックについて、医者は苦渋の決断をした。助かる見込みがない。そういう宣言だった。




「今から治療しますから安心してくださいね」

 キャシーは、うそをついた。そうでもしないと殿下は納得しない。「フレデリックを、フレデリックを」と錯乱状態で叫ぶ殿下は、やがて麻酔で眠りに落ちた。

「エドワード殿下、ごめんなさい」

 キャシーは、そうつぶやくしかなかった。




「看護婦さん」

 弱弱しい声がした。見ると、隣のベッドでフレデリックが目を開けていた。

 医者が見放した彼に、なにをしてあげられるだろう。

「殿下は、どうですか」

 息も絶え絶えに、フレデリックが問う。

「今手術をしています。だいじょうぶですよ。命にかかわることはありませんから」

「そう、よかった」


 キャシーは、またうそをついた。だいじょうぶかどうかなんて、看護婦にわかるわけない。ただフレデリックを安心させるためのうそだ。


「お願いがあるんです」

 彼はかすれた声で言った。

「髪の毛を、両親に届けてくれませんか」


 もう、自分が助からないとわかってしまったのだ。

 戦争で死んだ人は、戦地に埋葬される。遺体を自宅まで運ぶことはできないから。わずかな遺品だけが遺族に届けられるのだ。


「わ、わかりました」

 堪えても堪えても、涙がこぼれた。キャシーはポケットからはさみを出すと、彼の髪を一房切り取った。

「必ず届けますからね」

「それから、愛していると伝えてほしい」

 あとは言葉にならず、キャシーはただうなずいた。


「ありがとう。ひとりぼっちで死ぬんじゃなくてよかった」

 彼はそう言って目を閉じた。

 キャシーは血と泥にまみれた髪の毛を、ガーゼにはさむと大事にポケットにしまった。


 瀕死とは、こういうことだぞ! くそったれリチャード! 

 包帯を巻くだけが看護じゃないんだぞ! ちっとは人の痛みを知りやがれ、キャロラインめ!


 キャシーは、袖でぐいっと涙を拭うと、医者の補助に回った。


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