風の神さまに呼ばれて
週末、私は母とともに、町はずれにある祖母の家を訪れた。
古びた日本家屋は、ひんやりとした影と木の香りをまとい、
時が止まったような静けさに包まれていた。
*
母は、いろいろ吹っ切れたのか、
最近は少しずつ元気を取り戻している。
祖母の家は町はずれにある、古びた日本家屋で、ひんやりとした影と木の香りが残る、どこか時間が止まったような場所だった。隣町に嫁いでいた祖母は祖父が亡くなった後、出身地である風守町にひとり戻ってきていた。
ーおばあちゃんに昔のことを聞けるかもしれない
そんな直感に突き動かされて、『風守神社由縁』の古書をバッグにしのばせてきた。
「今日、パートの面接があるから、おばあちゃんの見守りお願いね」
そう言い残し、母は足早に出かけていった。祖母の部屋は、家の奥にある日当たりの悪い和室だった。
畳の上には電動ベッドが据えられ、白いシーツの上に祖母が静かに横たわっていた。
その横には、介護用の水筒、薬の袋、テレビのリモコン。部屋の隅には古びた桐タンスと、色褪せた写真立て。床の間には、舞を踊る日本人形とともに、風化した桐箱がいくつも積み重ねられていた。年季の入った扇風機が、ガタガタと音を立てながら首を振って、静かな風を送り込んでいた。
祖母は昨年の暮れに倒れてから、寝たきりになった。
名前を呼んでも返事がないことも多く、
会話がかみ合わない日も増えていた。
けれど、不思議と昔のことだけは、鮮やかに覚えているらしい。
私はそっと祖母の枕元に座り、小さな声で呼びかけた。
「おばあちゃん……風守神社の昔のこと、覚えてる?」
しばらくの沈黙の後、閉じられていた瞼がゆっくりと持ち上がった。
そして、しわの刻まれた唇がかすかに動いた。
「……風の神さまに……名を呼ばれたら、戻ってこられないんだよ……」
祖母の声は、遠くから響く風の音のようにかすかだった。けれどその一言は、私の胸に深く突き刺さった。
名を呼ばれる――
その言葉だけが、耳の奥に残った。
カタカタと鳴る扇風機の風がかすかに揺らした古い桐箱の影が、まるで何かを語りかけてくるように思えた。




