風がめぐる場所で
夏が終わり、日常が少しずつ戻ってくる。
けれど、その空気は、ほんの少しだけ変わっていた。
祈りの夜を越えて、私たちはそれぞれの歩幅で、新しい日々を歩きはじめている。
*
夏休みのあいだ、私と颯が町のあちこちで一緒にいる姿を目撃されていたこともあり、二人はすっかり公認カップルのように見られていた。
颯は、特に否定も肯定もせず、その誤解をむしろ利用していた。
色めき立つ女子たちの過剰な反応を、抑えるために。
「結風は、颯ファンからの嫉妬と恨みを一身に浴びて、大変なことになりますなぁ」
加奈が、例の調子で冗談めかして言ってくる。
「前の学校では嫉妬されて、クラス全員から無視されたの。でも今回は、加奈がいてくれるから、なんともない」
私はそう言って笑った。
あの苦しかった日々の記憶が、遠く小さくなっていることに気づき、自分でも少し驚いた。
「美少女は、そこら中で嫉妬されて、苦労がたえませんなぁ」
加奈は、先ほどと同じ口調のまま続けた。
私の「美少女じゃないよ」という否定を軽く受け流し、彼女は自分の過去を語りだす。
「私も白状するとな、中学でいじめにあって、お姉ちゃんを頼って、ここに逃げてきてん。結風が転校してきたとき、なんか似た匂いを感じててん」
――それは、本当なら重たいはずの話だった。
けれど二人は、学校の廊下を歩きながら、放課後に寄りたいカフェの話をするみたいに、静かに、淡々と、それぞれの苦しかった過去を語っていた。
*
私生活でも、大きな変化があった。
母の離婚が正式に成立し、「結風が成人したら、佐伯姓に戻すわ」と、静江は穏やかに告げた。
引っ越しも少しずつ進み、旧風ノ宮家跡に建てられた平屋への移住が、八月いっぱいをかけて進行している。
祖母の志乃はというと、引っ越してからみるみる元気を取り戻し、ついにはリハビリを始めようかという話まで出てきた。
かつては、ただ逃げるようにして訪れた町で。
いま、私はちゃんと顔を上げて歩いている。
風は今日も吹いている。
少し先の未来を、やさしく、そっと照らすように。




