風の神事、始まりの音
風を祀る神事が、再びこの町に戻ってくる。
提灯が灯り、風鈴が鳴るなかで、人々の心は少しずつ静かに整えられていく。
やがて訪れるその時に向けて――町は、祈りの音に満たされはじめていた。
*
町長と神主の尽力により、町内の各寺社から正式な同意が得られ、祭礼の実施が決定した。
各寺社はもともと八月にそれぞれの祭礼や法要を行っていたため、日程の調整は必要だったが、それ以外の段取りは驚くほど円滑に進んだ。
こうして、風守神社を中心に、四神を司る社寺が、同日同時刻に一斉に神事を執り行うことが決まった。
祭りの日程は、八月二十九日から三十一日までの三日間。
なかでも三十日には、地下神殿にて非公開の「風巫女の神事」が行われる予定となった。
中沢姉妹、椎名先生、そして颯は、神主の指導のもと、詔を唱える稽古を重ねていた。
神事に先立ち、三日間の精進潔斎が課され、白粥と水だけで過ごす日々が続く。
この修行は誰にとっても楽なものではなかったが、特に育ち盛りで食べることが大好きな颯と加奈にとっては、まさに試練だった。
禊の期間中、結風と中沢姉妹、椎名先生の三人は町外れの尼寺「玄静院」に籠もり、颯だけはひとり「白嶺寺」に籠もることになった。
「僕だけ一人って、ちょっと孤独すぎない? ひどくない?」
拗ねたように呟く颯を、皆は笑って見送った。
それぞれが、それぞれの場所で。
やがて訪れる「その時」に向けて、内なる準備を始めていた。
*
各寺社の参道には色とりどりの提灯が灯され、屋台がずらりと並んだ。
焼きそばの香ばしい匂い、りんご飴の甘さ、金魚すくいの水音。
浴衣姿の人々が、提灯の灯りに照らされながら、どこか浮き立った表情で夜の町を行き交う。
風守町のすべての家には、町長が配布した小さな風鈴が吊るされていた。
縁側や窓辺で、透明な音色がかすかに揺れている。
静かだが、確かに。
町全体が、何かを迎えるために息をひそめている――
そんな気配が、夜の空気に溶け込んでいた。




