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図書室で吹いた風に導かれて  作者: tomsugar


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33/33

風の迎え ―八月三十日の祈り―

その日、風の神が町に還る。

夕暮れの太鼓が山に響き、御輿(みこし)は静かに町を進む。

四方の社が祈りを奏で、風は、再びこの地に呼び戻される。


八月三十日――

「風の迎え」が始まる。


           *


祭りの本番は、風の巫女による神事「風の迎え」が執り行われる八月三十日。

夕刻、西の空がゆっくりと茜色に染まりはじめるころ、神事の始まりを告げる太鼓の音が、山に反響するように鳴り渡った。


風の巫女を乗せた御輿(みこし)が、風守神社(かざもりじんじゃ)を出発する。

担ぎ手たちは威勢を上げることなく、息をそろえ、慎重に歩を進めていった。


御輿(みこし)の四隅には白布が垂れ、巫女の姿は薄い紗幕(しゃまく)越しに、かすかに見え隠れしている。

その後ろに、白い狩衣姿(かりぎぬすがた)の颯、巫女装束(しょうぞく)の椎名佳代、中沢加奈と麻衣、そして風守神社(かざもりじんじゃ)の神職たちが静かに続いた。


やがて御輿(みこし)は、町の中心――郷土資料館前の広場に張られた天幕(てんまく)の中へと消えていく。

参道の両脇には町の人々が整列し、声を立てることなく、ただ手を合わせて行列を見送っていた。


聞こえるのは、風の音と、軒先に吊るされた風鈴のかすかな響きだけ。

町全体が、息をひそめて祈りの時を待っている。


空は淡い藍色へと移ろい、

大いなるものを迎え入れる直前の、張りつめた静けさが町を包み込んでいた。


           *


北の 玄静院(げんせいいん)では、尼僧たちが低く経文を唱え続けていた。

朝から続いた静風の行は、日が傾くころ最終の段へ入り、最後の鈴音が境内に澄んで響く。

老尼の一声を合図に、祈りの調べはさらに深まり、空気そのものが震える。


東の蒼鱗神社(そうりんじんじゃ)では、祭主が掲げた風紋の御幣が夕陽を受け、白く光っていた。

池を望む神楽殿では、五人の巫女による龍の舞が奉納され、衣の動きに合わせて風が渦を描く。


南の 朱之杜神社(あけのもりじんじゃ)では、浄火の台に灯された炎が、巫女の舞とともに揺らめいていた。

緋色の衣が火を包むように舞い、煙は細く、空へと昇っていく。


西の 白嶺寺(しらみねでら)では、護摩壇(ごまだん)の薪が赤々と燃え、

僧たちの読経が堂内に満ち、真言は火と共鳴するように空気を震わせていた。


           *


南西――風ノ宮跡地。

庭に並べられたパイプ椅子に、風ノ宮に連なる人々が静かに腰掛けていた。


その中に、母・静江と、祖母の志乃の姿もある。

白木の簡易祭壇の前で、神職の男が詞を唱える。


祭壇の中央に吊るされた、風ノ宮に受け継がれてきた鈴が鳴った。

その瞬間、一陣の風が社跡を駆け抜ける。


志乃は、わずかに目を閉じていた。


           *


町の東北、風守神社(かざもりじんじゃ)

神主・ 御守清雅(みもり せいが)は拝殿に立ち、静かに祝詞を奏上していた。


「風よ――

今ひとたび、戻りたまえ」


その声は高く、清らかで、

そして、どこか痛みを含んでいた。


長年、不完全な形のまま「風の迎え」を担い続けてきた祈り。

その願いが、いま、町全体の祈りと重なりはじめている。


風の迎えの大祭、その成就の時は――

もう、すぐそこまで迫っていた。

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