夏服の少女
言葉を交わさなくても、
同じ時間に身を置いているだけで、落ち着くことがある。
図書室の彼女とは、そんな距離にいた。
*
新校舎の隣には中庭があり、その向こうに木造の旧校舎が佇んでいる。
一時は取り壊しの話も出ていたらしいが、保存活動によって耐震補強が施され、今も使われているという。
──図書室は、旧校舎にあるって言ってたな…あの木造の校舎かな。
昼休み、購買部でパンとジュースを買い、中庭側の1階の廊下にやって来た。
廊下には、ペンキの剥げたベンチが等間隔に5台配置されている。
ベンチでひとり昼食をとる。
パンを口に運んだ瞬間、強く吹き抜ける風に揺れる木々が葉にたまった水をばらまき
─バラバラ─と強い音を立てた。
私は、大きく息を吸い込んだ。
昼食を済ませ、私は図書室を目指して木造の校舎へ向かった。
渡り廊下を渡ると、また風が強く吹いて、空気の温度が下がった。
階段の前に出来た、小さな川を跨ぎ校舎に足を踏み入れると、
床のきしむ音とともに、木の香りが鼻をかすめた。
迷いながら廊下を進んでいると、ひとりの女子生徒が私の前を歩いていた。
彼女が入った教室の扉には、「図書室」と記されたプレートが下がっている。
中へ入ると、右手にカウンターがあり、そこに女性の司書が座っていた。
丸テーブルには今月の推薦図書。
その奥に、静かな読書スペースが広がっている。
図書室には、窓際の長机に、ロングヘアの女子生徒がひとり座って、本を読んでいる。
他に生徒はいないようだった。
私は棚から適当に一冊選び、彼女から離れた端の席に、そっと腰を下ろした。
その少女は、白いセーラー服を着ていた。
まだ夏服を着ている生徒は珍しい。
この広い図書室で、彼女だけが、そこだけ季節を切り取ったように浮かび上がって見えた。
(夏服と冬服は自由に着て良い校則なのかな)
私はそれ以上気にせず、手元の小説に目を落とした。
ページをめくる音と、自分の呼吸だけがそこにある。
先ほどまでの、息苦しい湿度から解放され自然な呼吸を取り戻せる。
その静けさが、心地よかった。
「お昼休み、もうすぐ終わるわよ」
女性司書の声に顔を上げたとき、彼女の姿はすでになかった。
机の上に、一枚の貸出カードが置かれている。
――高梨 葵――
当然、知らない名前だがどこか懐かしさが心をかすめた。
その貸出カードを司書に渡したとき、先生の指が一瞬止まった。
気のせいかもしれないし、そうでないのかもしれない。
私は気にせず図書室を出た。
温かい風が吹き込んでくる。
雨雲の間から、太陽が差し込んでいた。
――高梨葵
その名は、私の記憶に静かに沈んでいった。




