転校生と雨の町
新しい町、知らない場所。
私は、雨の降る世界に一人立っていた。
*
風守町の駅前に一つだけある商店には文字の読めなくなった看板が―ギーギー―と音を立てて不安定に風にゆられていた。
――町の北東にある高校は、朝から分厚い雨雲に覆われていた。
湿気を含んだ空気が肌にまとわりつき、息をするたび、胸の奥までじっとりと沈んでいく。
転校初日。
私は、正門の前で一度だけ足を止めた。
門を進んで行くと校庭が広がる。ゆうに野球のグラウンド2面を取っても余りある広さだ。
そのさらに奥にはテニスコート、プールがゆったりと並んでいる。
登校時間だが、校内は不思議なほど静かだった。
私は、まとわりつく湿気に満ちた廊下を先生の後をついて歩いていた。
窓から、雨に煙る霧の向こうに濃い茶色に沈んだ古い校舎があった。
軒に当たる雨が、糸のように地面に流れ続け
木造の校舎の階段の前に小さな川を削り出している。
(あそこが入口か…)
私はしばらく、その木造の校舎を見つめていた。
教室に入ると、窓の外の灰色が、そのまま染み込んでくるようだった。
「朝霧結風です。よろしくお願いします」
担任に促され、短く自己紹介をする。
それ以上、何も付け足す言葉は思いつかなかった。
案内されたのは、後ろの窓際の席だった。
視線の外にいられそうで、少しだけ助かった。
隣の席の女子が、にこやかに声をかけてくる。
「私は中沢加奈っていうねん。よろしくね!
その制服、かわいいなあ。お嬢様って感じやん」
このどんよりした空気の満ちる教室で、彼女のカラッと乾いた声が響いた。
私は曖昧に笑って、窓の外へ視線を逃がした。
風守高校の制服は紺のセーラー服だ。
でも、新しい制服はまだ届いていない。
私は、前の学校の制服のままだった。
──早く、ここから浮かない存在になりたい。
そんなことを考えながら、雨に滲む中庭をぼんやりと見つめる。
この町で過ごす時間が、私をどこへ連れていくのか。
その答えは、まだ何一つ見えていなかった。




