霞を祓う朝
黒い靄に覆われた庭。
祈りと祝詞の言葉が、閉ざされていた風の通り道を再びひらくとき、
失われたものは、その姿を取り戻す。
*
「……葵?」
白いセーラー服の少女は、音も立てず、庭の奥に立っていた。
ただ静かに、こちらを見つめている。
まるで――
最初から、私をここへ導くつもりだったかのように。
*
――その日の夕方。
《颯君……あの庭に、何かがある気がするの》
私は、短い言葉でそう送った。
ほどなくして、返信が返ってくる。
《じゃあ、行ってみよう。 もしかすると――鏡が埋まってるかもしれない》
*
夜。
ふたりはスコップを手に、風ノ宮家の空き家――祖母の実家跡を訪れていた。
夕暮れの名残が、庭に長い影を落としている。
昼間よりも、空気が静まり返って感じられた。
私が「視線を感じた」と言った場所を中心に、黙々と土を掘り進める。
だが、小一時間が過ぎても、手応えはなかった。
「……うーん、出てこないね」
颯が額の汗をぬぐいながら、息を吐く。
「何かに、妨げられてるのかもしれない」
「妨げられてる……そういえば」
私は少し迷ってから、口を開いた。
「ここにいるとね、うっすら黒い靄がかかったみたいに見えるの。
空気も……なんだか重くて」
「えっ、それ先に言ってよ」
颯は苦笑いを浮かべて立ち上がった。
「明日の朝、この場所を浄化しよう。
きっと、それで通じるようになるはずだ」
「……でも、葵まで、浄化しちゃわないでね」
その言葉に、颯はほんの少しだけ表情を緩めた。
「それは約束できないけど――
でも、きっと、葵ちゃんにとっても悪いことじゃないと思う」
「……うん」
私は、小さくうなずいた。
どこか、名残を惜しむように。
*
翌朝、五時。
庭に出ると、すでに颯が狩衣姿で立っていた。
「……その格好で、自転車こいできたの?」
思わず声を上げると、颯は苦笑して首を振る。
「まさか。さすがに無理。父さんに車で送ってもらったよ。
帰りは……歩きかな」
「着替え、持ってきたらよかったのに。
家の中で着替えていけばいいのにさ」
「いや、これ、ひとりで脱ぎ着できないんだよ」
「あはは、それは大変だね」
ふたりは並んで、庭の中心に立った。
空気はひんやりとして、
早朝の淡い光が、土と草の上に静かに落ちている。
風は、まだ、息をひそめていた。




