託されたバトン
風は、一代では迎えられない。
積み重ねられ、繋がれてきた意思こそが、この町の守り手となる。
*
「……というわけで、ここにいる皆さんの力を借りて、今年、風の迎えを復活させたいと思います。この町に、もう一度、風を迎えるために」
清雅の言葉を、神殿跡に流れる空気が静かに受け止めた。
町を流れる風は、長く停滞していた。
御守清雅が物心ついたころにはすでに、「風の迎え」の儀式は不完全なものとなり、風守神社では形だけをなぞる神事が、毎年くり返されるだけになっていた。
長命だった曾祖父は、幼い清雅に何度も言い聞かせていた。
「風の迎えを復活させねばならない。
風守神社の力だけでは、この町は守り切れぬ」
一方で、清雅の父は違った。
「時代の流れだからしかたない」
そう言って、感情を挟まず、淡々と神主の務めを果たす人だった。
清雅が高校生だったころ。
幼馴染であり、同じクラスにいた白石知歩が、突然この世を去った。
その年は、「十年に一度、風巫女が死ぬ」と囁かれる年だった。
それまでどこか遠い話のように感じていた「風の迎え」が、初めて現実の重さをもって胸に落ちてきた。
――これは、避けられないことなのか。
――それとも、止められるものなのか。
風守神社の跡取りとして。
いや、一人の人間として。
このままにしてはいけない――そう、痛切に思った。
正月に帰省していた、頼れる兄貴分――守部敬一郎の実家を訪ね、
「町に戻ってきて、自分を助けてほしい」
そう言って、頭を下げた日のことは、今でも鮮明に覚えている。
清雅は、神社に伝わる口伝を書き写した古文書や、風の迎えに関する断片的な記録を探し続けた。
だが、肝心の神殿で行われていた儀式の詳細だけは、どうしても見つからなかった。
それでも諦めきれず、町の有力寺院や神社を一つひとつ訪ね歩いた。
だが、ある日、父は静かにこう告げた。
「……波風を立てるようなことは、するな」
神職としての矜持から出た言葉だったのかもしれない。
その一言で、清雅は足を止めた。
――あれから、三十年。
目の前に立っているのは、自分の息子と、その友人。
風ノ宮の血を引く、結風という少女。
彼らは、「風の迎え」を完成させるために必要なすべてのピースを携えて、ここへ辿り着いた。
――私は、この瞬間を支えるために、今日まで生きてきたのだ。
町を挙げての風の迎えの大祭を、必ず結実させる。
かつて、若すぎた自分には担えなかった役割がある。
だが今なら、できる。
町の有力者たちを説得し、思惑を調整し、誰もが納得できる形で動かす。
それこそが、いまの自分に与えられた役目だ。
あの日から三十年。
自分には成し得なかったことを、息子が、今まさに成し遂げようとしている。
*
誇らしさとともに、かすかな痛みが胸をよぎった。
自分は、リレーのアンカーではない。
ただ、バトンを繋ぐために走り続けた――
一人の中間走者だったのだ。




