風の迎えの記憶
忘れ去られた祭り、継がれなかった祈り。
けれど風はまだ、記憶の奥で吹き続けていた。
*
――葵が入っていった、その扉の先。
胸の奥に、ふいにざわめきが走った。
私は言葉を発することもできず、静かに皆の後ろについていった。
扉を開けると、すぐ足元に下へ続く階段が現れた。
一段、また一段と降りていくにつれ、空気はひんやりと変わり、
わずかな風が肌をかすめていった。
階段の先に広がっていたのは、石の壁と床に囲まれた、音のない空間だった。
剥き出しの石。
床に残る円の痕跡。
四方に並ぶ柱の基礎。
そして中央には、わずかに高くなった台座。
「……夢で見た場所と、同じ……」
声が、かすれていた。
立ち尽くしたまま、私は動けずにいた。
どこからともなく風が流れ込み、髪をそっと揺らす。
「これが……『風の神殿』」
椎名先生の呟きが、石の空間に静かに落ちた。
その瞬間、胸の奥で何かが確かに震えた。
――私たちは今、
風の奥にひそむ大きな意志のただ中へ、導かれたのだ。
沈黙を破るように、町長がゆっくりと口を開いた。
「この町では、ここで『風の迎え』と呼ばれる神事が行われていた。
だが、戦時中に途絶え……詳細は長いあいだ、記録からも、人の記憶からも消えてしまっていたんだよ」
その言葉を受けるように、椎名先生が静かに続ける。
「颯君と朝霧さんの調査で、ようやく輪郭が見え始めました。
夢、古図、口伝……断片だったものが、少しずつ結びついています」
それまで黙していた御守清雅が、深く息を吐いた。
「私が神主を継いでから、毎年、神事のあとに吉凶を占ってきました。
ですが……一度として『吉』は出なかった」
低く、しかしはっきりとした声だった。
「どこかで、何かが断ち切られている。そう感じ続けてきました。
……風の迎えは、この町にとって欠かすことのできない祈りだったのでしょう」
清雅は、中央の台座に視線を落とす。
「そして今年は――十年に一度巡る、大祭の年です」
町長・守部は、ゆっくりとうなずき、神殿に集った全員を見渡した。
その視線は、迷いではなく、決意を帯びていた。




