思い出された神事
夢の中で、『私』は白い装束をまとい、円形の石壇の上に立っていた。
四方に並ぶ巫女たちが詠唱を捧げるなか、『私』は唇をすぼめ、音のない口笛のように、静かに息を吐く。
空気が震えた。
風が渦を巻き、中央に据えられた鏡へと吸い込まれていく。
それは、神を迎える儀式――
その中心に、自分がいる。
ただ、その確かな感覚だけが残っていた。
*
風がひときわ強まった瞬間、『私』の身体はふっと浮かび、意識はそのまま空へと引き上げられた。
見下ろした先に、町が広がっていた。
山際には、藁ぶきや板葺きの家屋が寄り集まるように並び、集落から少し離れた場所――町の中心だけが、異様なほど整えられている。
野ざらしの円形の石畳。その中央に石の祭壇があり、さらに外周には、東西南北を示すように、太く高い木柱が一本ずつ立っていた。
建物はない。
ただ、儀式のためだけに残された空間。
そこが風守の町だと確信できたのは、遠くに連なる山の稜線が、現実の景色と寸分違わなかったからだ。
――そして、目が覚めた。
朝の光が差し込む部屋で、しばらく動けずにいた。
夢の余韻が、まだ身体に残っている。
「遅刻するわよ!」
母の声に現実へ引き戻され、私は慌てて支度をした。
自転車を漕ぎながら、何度も夢の光景が頭をよぎる。
あの鏡は、祖母の家にも、郷土資料館にもなかった。
――いったい、どこにあるのだろう。
校内の駐輪場で自転車を止めても、その考えは頭から離れなかった。
足元を見ないまま、ぼんやりと校舎へ向かって歩いていると――
不意に、声をかけられた。
「結風ちゃん」
振り返ると、そこに立っていたのは颯だった。
学校で、ほとんど話したことのない彼。
「そのまま行くと、階段から落ちるよ」
足元を見ると、すぐ先が段差になっていた。
「ありがとう……ちょっと、変な夢を見てて」
「変な夢?」
そこへ、甲高い声が飛んでくる。
「ちょっとー、お二人さーん!」
加奈だった。
「もう、コソコソするのやめたの?」
「違うよ。階段落ちそうだったから、声かけてくれただけ」
「ふーん。じゃ、邪魔しちゃ悪いから、またあとでねー!」
そう言い残して、加奈は走り去っていった。
「……あの子、郷土資料館の受付の人と顔、似てるよな」
颯がぽつりと言う。
「ああ。あの人、加奈のお姉さんなんだって」
「なるほど……だから噂が早いのか」
そう言って、颯は腕時計を見る。
「やば。急がないと。じゃあ、また」
彼も走り去っていった。
私はひとり、立ち止まって空を見上げた。
夏の陽射しの向こうで、どこか――
また風が、動き始めている気がした。




