鏡の向こうに
封を解かれた箱の中から見つかった、絵巻に描かれた丸い器。
神事の中枢――風を招き、風を鎮める風の器。
誰にも見えない、でもたしかに存在している彼女の影。
封じられた扉の向こうから、風が、呼んでいる。
*
――翌日。
母に車で郷土資料館まで送ってもらった。
祖母の家に残されていた貴重な資料を、町に託すためだった。
資料室の机には、風ノ宮にまつわる古文書がずらりと並んでいる。
その前で、御守颯が黙々とページをめくっていた。紙の音だけが、静かに部屋に響く。
私はその横顔を見つめながら、そっと声をかけた。
「……何か、わかりそう?」
一瞬、紙がこすれる音だけが返ってきた。
少しして、ようやく颯が顔を上げる。
「風の器がここにあるかと思ったけど……これだけ見ても、それらしい記述はない。形も素材もわからないとなると、探しようがないよな……」
「ねぇ、風の器って何?」
「え?説明してなかった?」
「うん、たぶん……」
「風の守りの神事で使うものだよ。神器……って言っていいのかな。
神様が来たとき、その力を直接受け止めるための……器、みたいな」
「受け止める……ちょっと待って。おばあちゃんの持ち物、いろいろ持ってきたから」
私はバッグを探り、昨日見た錦絵を取り出した。
広げて、指をさす。
「この真ん中の丸いもの……もしかして、風の器ってこれじゃない?」
考え事をしていた颯が、絵に目を落とした。
その次の瞬間、はっきりと空気が変わった。
「……まさか。風の器って、銅鏡のことじゃないか!?」
突然声を上げ、目を見開く。
そのままノートをかき回すようにページをめくり出す。
「見て。古神道の祭祀では、鏡ってすごく重要で――
もしこれが古墳時代の形式だったら……!」
文字でぎっしり埋められたノートのページを、颯は夢中で繰っていく。
私は思わず、少しだけ笑みをこぼした。
「……なんか、急にスイッチ入ったね」
「だってこれ、めっちゃ重要な発見かもしれないんだよ!?
もし銅鏡が風の器だったら、色々つじつまが――」
目を輝かせたまま、ノートと錦絵を交互に見つめる颯。
その横で、私は静かにその熱を受け止めていた。
やがて、颯の集中が深まっていき、何を言っても返事がなくなると、私はひとりで天井を見上げた。
静まり返った室内。
そのとき――
視界の端で、何かが動いた気がした。
反射的に、そちらに目を向ける。
――人影?
セーラー服の少女が、資料室の奥へと静かに歩いていくのが見えた。
「……葵!」
思わず立ち上がった私は、少女の後を追った。
だが、その姿が消えた先の扉には、しっかりと鍵がかかっていた。
私はドアノブを握りしめながら、扉を見つめた。
少し遅れて追いついた颯が声をかける。
「どうしたの?」
「ここに……葵が入っていったの。でも、鍵が……」
颯は少し驚いた顔をしながらも、冷静にうなずいた。
「この先に重要な何かがあるってことかな……館長に連絡して、中に入れないか相談してみよう」
私は扉の前に立ったまま、しばらく動けずにいた。
もう姿は見えないけれど、たしかに誰かがそこにいた――その気配だけが、静かに残っていた。




