桐の箱が開くとき
ひんやりとした祖母の部屋の空気には、何かの気配が満ちていた。
埃をかぶった桐箱の山。その奥に隠れるように置かれた長持の蓋を開くと、
風と祈り、そして忘れられた神事の記録が、静かに眠っていた。
私はその中心で、過去と未来をつなぐような、かすかな鈴の音を聴いた気がした。
*
翌日、私は母と祖母の家を訪れた。
祖母は布団の上で、目を閉じている。
「おばあちゃん」
呼びかけると、うっすらと瞼が持ち上がった。
「……風が、また乱れ始めているのね」
その一言が、胸の奥に冷たく沈んだ。
桐箱は、志乃の寝室の床の間に、無造作に積み重ねられていた。
「こんなに桐の箱、あったかしら。越してきたときは、こんなに無かったはずだけど……」
母が首をかしげる。
私たちは、箱をひとつずつ手前に引き出した。
すると、その奥から――風ノ宮家の家紋が彫られた、立派な長持が現れた。
中にあったのは、古びた鈴。
虫に食われ、ほとんど形を失った古文書の断片。
そして、一枚の古地図だった。
風守神社。
風ノ宮の屋敷。
池と、いくつかの寺。
線は薄れ、紙は黄ばんでいるのに、配置だけは妙に鮮明だった。
次に取り出した巻物を広げる。
彩色は褪せているが、まるで錦絵のようだ。
巫女の装束をまとった女性たちが、一人の女性を囲んで立っている。
中央の台には、丸い鏡のようなもの。
周囲に立つのは、四人。
何かの神事――それだけは、はっきりと伝わってきた。
私は、そっと鈴を手に取った。
小さく鳴らすと、かすかな風の音が部屋に広がる。
空気が、すっと澄んだ。
その音に、祖母がわずかに微笑む。
「この鈴、もらっていい?」
そう尋ねると、祖母はかすれた声で答えた。
「肌身離さず、持っておいで……守ってくださるよ」
私は、鈴をぎゅっと握りしめた。
*
しばらくして、祖母がふいに目を見開いた。
怯えるような、その目。
「……風の神様を、助けてあげないと。
鬼がね、ずっと外から……こっちを見てるんだよ」
「おばあちゃん……神様を助けるって、どうすればいいの?
この絵に描いてあるみたいな儀式……やり方、知ってる?」
私は、そっと祖母の手を握った。
祖母は目を閉じたまま、静かに言った。
「おまえなら……きっと、わかるよ」
そのまま、再び寝息を立て始める。
私は祖母の呼吸を確かめながら、
もう一度、鈴を鳴らした。
これが始まりなのだと――
心のどこかで、確かに感じながら。




