風の通り道にて
日曜日の朝、私は母とともに空き家を訪れた。
祖母との同居を見据えた、ただの物件見学のはずだった。
けれどその場所は、かつて風を封じる役割を担った、
風ノ宮家の跡地だった。
*
私は母とともに、町のはずれにある一軒の空き家を訪れていた。祖母と同居するために、もう少し広い家を探そうと、母が不動産会社に連絡を取ったのだという。
「ここが、おばあちゃんの実家があったところよ。広いお屋敷だったから、分割されて分譲されてしまったけど」
―80平米程の土地に広々と建てられた平屋は、築40年程でそれほど古くはないけれど、長い間空き家になっていたせいで、かなり傷んでいるように見えた。
母が不動産屋から預かった鍵で、引き戸のカギを開けて中に入ると、湿ったほこりの匂いが鼻を突いた。
玄関は広々としていて、立派な靴箱が備え付けられていた。
上がりかまちを上がって、部屋に入ると、畳や襖は日焼けしている。
古びてはいるが雨漏りもなさそうで、中はそこまでひどい状況ではないようだった。
それよりも気になったのは――家の中を流れる風だった。
それは黒い 靄 のような空気で、ある一定の方向から、まるで導かれるように家の中へと流れ込んでいた。
その靄の中には、人々が歩いているような気配があった。微かに話し声のようなものも聞こえる。
彼らはこちらにはまったく無関心で、ただ道がそこにあるから通っている
――そんな雰囲気だった。
私は、胸の奥がざわつくのを感じながら、奥の和室に足を踏み入れた。
その瞬間、空気が変わった。ぴたりと温度が下がり、まるで見えない誰かの視線を感じる。
頭の中で、颯の言葉がよみがえる。
「風の通り道を見張る、重要な場所」
――ここだけ、風が行き場を失って、とどまっている。
私は、そんなことを一人で思った。
私は立ち止まり、そっと呼吸を整えた。
風の中に混ざる声に、耳を澄ませるようにして。
それは――呼ばれているのか、それとも試されているのか。
ただひとつ、はっきりとわかるのは。
この家は、まだ風の記憶を手放していないということだった。




