風ノ宮に吹く風
母の言葉が、胸の奥を冷たく揺らした。
「町の南西にある平屋」――それは、かつて風ノ宮家があった場所。
偶然とは思えない流れのなかで、風はまた、結風を守りの原点へと引き戻そうとしていた。
*
家に帰ると、母が声をかけてきた。
「おばあちゃんと同居できる広さの家に引っ越そうと思ってるのよ。
町の南西の端のところで、広い平屋が安く出てるって聞いたの」
私はドキリとした。
その物件の場所は、かつて風ノ宮家の屋敷があった、あの番地だったからだ。
「……ねえ、お母さん。その空き家、なんでそんな安いか聞いてない?」
「え? なんか噂はあるみたいだけど……お母さん、子どものころよく遊んでた家があった場所なのよ」
その言葉に、私は黙り込んだ。
*
私はあの日、郷土資料館で聞いた御守颯の話を思い出していた。
「町の鬼門には風守神社。裏鬼門には風ノ宮家。二箇所で、災禍を封じていた――
でも、戦後、風ノ宮家は没落し、屋敷も取り壊された。
あの時、結界の一端は……確かに崩れてしまったんだ」
――裏鬼門の守りについて、何かわかるかもしれない。
翌朝、私は学校へ向かいながら、風を感じていた。
生ぬるく、どこかあいまいさを帯びた風。
高梨葵は、あれ以来ずっと姿を見せていない。
けれど、ふとした瞬間に、気配を感じることがある。
旧校舎の廊下。
階段の踊り場。
図書室の窓際。
彼女は、何かを伝えようとしているのかもしれない。
私は窓の外に目をやった。
夏の光の中、遠くの木々が揺れていた。
*
そして――
風守神社の社務所。夕暮れの光が障子越しに差し込むなか、颯は父・清雅に問いかけていた。
「父さん……十年ごとの風の迎えって、なんで特別なの?」
清雅は少し間を置いて、答えた。
「十年に一度、町を包む結界が張り直される。
四つの方角を守る寺社、鬼門を守る風守神社、
裏鬼門を守る風ノ宮の巫女――
それらすべてが揃って、初めて成り立つ儀式が、
風の迎えの大祭だ」
「でも、戦後、それは途絶えたんだよね」
「そうだ。今となっては、それを知る者もわずかになった。……颯、お前が調べているのは、風の守りのことなのか?」
颯は無言でうなずき、ノートにその言葉を書き留めた。
風が、静かに、けれど確かに――再び動き始めていた。




